『後天性少女』第13話

2012年05月27日08:52
 第13話 恥ずかしすぎて

 震える手で玄関の鍵を閉めた。辺りに人が居ないか確認して、車の後部座席に駆け込んだ。スカートってすごく走りにくいんだ……。
 車が走り出した。車に乗ってしまえば、僕がスカートを穿いてるのは見えない。もう始業時間は過ぎているから、僕の学校の生徒もいないはずだ。
 緊張が少し解けた。視線を落とすと、デニムのスカートから突き出たひざ小僧が見える。胸がぎゅんっとなってお尻の辺りがむずむずした。
 お母さんはバッグからポーチを取り出して、車のミラーを覗き込んで顔に肌色のクリームを塗り始めた。髪を整えて、口紅を塗る。信号待ちのたびにきれいになっていく。まるで魔法だ。
「どうしたの?」
 僕の視線に気づいたお母さんが僕のほうをチラッと見て言った。その顔はいつものお母さんじゃなくて、すっかり『きれいな女の人』になっていた。
「……なんでもない」
 ドキっとして視線を落とした。
「大丈夫。先生も簡単に治せるって言っていたでしょう、そしたら学校にもいけるようになるわ」
 お母さんが優しく微笑んでいった。その言葉でこれから病院に行くんだって言うことを思い出して、逆に不安になってきてしまった。

 大学病院に着いた。まだ朝早いせいか駐車場が空いていて、昨日よりいいところに止められたみたい。建物のすぐそばだ。
 ドアを開けて車から降りる。その時になってまた、今の僕はスカートを穿いているんだっていうことを思い出して、また体が硬くなった。
 幸いまだ周囲には人がいない。隣の市だし、知り合いなんていないよね。思い切ってドアを開けて外に出た。むき出しの足を少し冷たい風が撫でた。まるで何も穿いていないみたい。
「ちょっと早いけど、中で待っていましょう」
 お母さんは僕の気持ちをまったく理解せずにさっさと歩き出した。僕はお母さんの影に隠れようと急いで後ろについた。一歩足を出すごとにスカートが僕の足を邪魔する。まるで障害物競走だ。どうしても内股の小股になってしまう。お母さんも僕と同じような形のスカートを穿いているけれど、まったく邪魔そうな感じはしない。
 大きな正面玄関を素通りして、公園のような遊歩道を通って女性科の病棟に向かう。人のいるロビーを通らずに済んでほっとした。
 女性科の玄関をくぐる。中は一面ピンク色だ。待合ロビーにはまだ誰もいない。
 お母さんが女性科の受付でしばらく女の人とやり取りすると、看護婦さんが迎えに来た。僕はスカート姿を見られたくなくてお母さんの影に隠れた。
「奥井さんですね、第二診察室へどうぞ」
 看護婦さんは僕を見て微笑んで言った。僕のことを笑ったんじゃないとわかっていても、恥ずかしさで頭に血が上ってくるのがわかった。看護婦さんの後についてお母さんが診察室に向かって歩き出した。走って逃げ出したいけど、そんなことしたら余計目立っちゃう。それにスカートじゃうまく走れないし。早く女の子になっちゃえばスカートを穿いていても変じゃなくなるんだ。でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……。
 ふわふわした足取りでお母さんの後を追いかけた。(つづく)

『チェンジリング』第16話

2012年05月03日09:48
 第15話 Cherry(9)
 
 人がたくさんいる待合ロビーを通るのを避けて、女性科の南口から遊歩道に出た。
 昼下がりの日差しが目に飛び込んできて、思わず目を細めた。風が僕の体を撫でる。湿った草のにおいがした。まだ風は少し冷たいけれど、母さんが掛けてくれたひざ掛けのおかげで寒いほどじゃない。姉さんと一緒にゆっくりと遊歩道を行く。入院患者らしいパジャマ姿の人が何人か散歩している。木漏れ日が僕の体に光の模様を作る。風がやさしく頬や肩をなで、胸元のレースを揺らす。気持ちいいな、いままで外の世界をこんなに感じたことはなかった。タイルで舗装された小道に、くたびれたピンク色の花びらが落ちている。上を見上げた。ああ、桜並木だったんだ。あと一週間早ければちょうど満開だったかもしれない。病室からピンク色の桜が良く見えただろうな。見られなかったのが少し残念。
 正面玄関口が近づいてきた。
「お母さん車どこに停めたのかしら」
 姉さんの声に首を起こして前を見る。ロータリーになっている広い正面玄関口に車が列を作っている。その先頭に、どこかで見たことのある黄色い車が見えてきた。
 母さんの車だ。母さんはドアを開けっ放しにして車から出て、エントランスのほうを落ち着かない様子できょろきょろと覗き込んでいる。
「ちょっと、お母さん。何してるのよ。そこ駐車禁止よ」
 姉さんがあたりを気にしながら行った。
「まあ、なんだい。そっちから来ると思わなかったわ。さあ早くお乗り」 
 母さんの大きな声で僕に注目が集まった。僕が渋滞の原因だってわかってしまうじゃないか。僕は抗議の視線から自力で逃げ出すことも出来ずに、ただ脱力するだけだった。
 姉さんが通りがかる人たちに愛想笑いしながら、車椅子を母さんの車のそばに寄せてくれた。
 母さんの車は助手席が回転してシートがドア側に向くようになっている。初めて知った。車椅子と車のシートの間は1メートルもない。でも
その1メートルが遠く感じる。腹筋に力を入れるとまた差し込むような痛みが襲ってくると思うと、体を起こすのが怖い。額に汗がにじんできた。
「大丈夫? 手を貸すわよ、悠里」
 見かねた姉さんがかがみこんで耳元で言った。 
「年寄りだったら担いで突っ込んじまえば良いけどさ、こういうのは自分で加減しながらじゃないとダメさ。落ち着いてゆっくりやればいいさ」
 後ろから母さんが言った。そのとおりだと思った。無理に起こされたら傷が開いちゃうかもしれない。
 車列の中の一台がクラクションを鳴らした。ドキッとして体がしびれたようになった。
「今鳴らしたのは誰だ! こちらのご婦人は妊娠されてらっしゃるんだ。控えろっ」
 母さんの車の二台後ろに停まっていたタクシーから帽子を被った運転手が飛び出て車列をにらみつけた。タクシーの運転手は帽子を取って僕のほうを向いて深々と頭を下げた。どこかで見覚えがある。この運転手は以前、ここへ来るときに呼んだタクシーの人だ。ありがたいような、迷惑なような……。とにかく一刻も早くここを離れたい。
 体に残っている力を振り絞って体を起こし、力の入らない足でバランスを取りながら、ようやく母さんの車のシートに腰掛けることが出来た。
「さて、あとは任せときな」
 母さんは僕が乗ったシートを前向きに回転させると、慣れた手つきで車椅子を折りたたんで後部座席とハッチのスキマに入れた。
 三人で車に乗り込んでドアを閉めると、ようやく落ち着くことが出来た。
「さて出発進行」
 母さんが車を発進させた。(つづく)

『後天性少女』第12話

2012年04月21日23:32
第12話 Bye-Bye ボーイ(2)

「さ、軽く何か食べてから行きましょう」
「……うん」
 お母さんのあとについて部屋を出た。
 ふらつく脚で階段を下りる。むき出しのひざ小僧が見える。そしてその上にはスカート。なんだかもう女の子になってしまったみたいだ。
 台所の椅子に腰掛けるときにも自分のむき出しのひざ小僧が見えて、スカートを意識してしまう。あまり自由が利かなくて、まるでひざを縛られているみたい。自然に内股になってしまう。
「トーストでいいかしら」
 僕の目の前に溶けかかったバターの乗ったキツネ色のトーストと目玉焼きが置かれた。あまり食欲はなかったけれど、香ばしい臭いにつられて一口かじった。いつもは冷えたご飯と味噌汁かコンビニのサンドイッチだったから、焼きたての温かいパンが美味しく感じた。
「美味しい」
「そう、良かった。こうしてお台所で一緒に朝ごはん食べるの久しぶりね」
 お母さんが僕の正面に腰掛けて、小さな器に盛られたサラダをお箸でつまみながらうれしそうに言った。
 食事を済ませると、お母さんが僕の顔をじっと見て洗面所からドライヤーとブラシを持ってきた。
「髪に寝癖がついてるわ。ちょっとそのまま座っていてね。綺麗にセットしてあげるから」
 僕が返事する前に、僕の頭に温かい風が吹きかけられて、髪を右に左に引っ張リはじめた。
「ちょっと伸びてきたと思っていたけど、これからは逆に伸ばさなきゃいけないわね」
 そういいながらお母さんが僕の頭に良い匂いがするクリームみたいなものを塗りつけて、温風を当てながらこね回すようにした。
「うん、可愛くなったわ」
 お母さんがドライヤーを止めて言った。まだ温かい髪にそっと手を当てると、自分の髪じゃないみたいにサラサラになっている。一体、どんな風になったんだろう。
 洗面所に行き鏡を覗き込むと、そこには、少し髪が肩にかかるくらいの、ショートヘアの女の子、がいた。つやつやの前髪がゆるくカーブして額にかかり、伸びっぱなしだった両脇の髪もふわりと耳元にかかっている。
 お母さんはどんな魔法を使ったんだろう。もしかして僕は寝ている間にもう女の子に変えられてしまったんじゃないだろうか。まるきり女の子の姿になった自分にドキドキしてきて、オチンチンがスカートの下で硬くなった。硬くなったオチンチンをスカートの上から手でなぞる。僕は今日これから病院に行ったら女の子にされちゃうんだ、このオチンチンもきっとなくなるんだ、でも本当に可愛い女の子になれるんだったら、もっと可愛い女の子になれるんだったら、ずっと女の子でいられるなら、僕は……。
 今朝から感じていた胸のざわめきの正体がはっきりと意識できた。
 間違いでも何だっていい、脳とか心がどうとか、先のことなんて知らない。
 僕は、女の子になりたい。
「先に車出してくるわね」
 玄関のほうでお母さんの声がした。
「はぁい」
 鏡から目を離せないまま返事した。
 急いで玄関に行って靴を履く。運動靴じゃなく、なるべく女の子でも履きそうなスニーカーを選んだ。ひざの自由が利かなくてうまくはけない。後ろから手を回して、かかとに指を引っ掛けてようやく履いた。
 顔を上げた。玄関の小さな窓から朝の光が差し込んでいる。ドアにそっと手をかけた。
 このドアを出たら、もう戻れない。
 そんな気持ちを振り切るようにドアを開けた。(つづく)

※一週間早く嘘をついてしまってごめんなさい。
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