『ソプラノ~僕が天使になるまで~』第13話

2012年04月15日21:18
第13話 メロンソーダの福音

 僕たちは、売店脇の自販機コーナーにあるベンチに腰掛けた。
 アマミヤさんは立ったまま自販機を覗き込んでいる。
「生徒も居ることだし、喫茶店ってわけにも行かないしね」
 戸波先生が苦笑しながら言った。
 ガコーンと自販機からジュースが転がり出る音が響いた。アマミヤさんはミニスカートも気にせずかがみこんで缶を取り出すと、目をつぶり両手を添えて飲み始めた。見た目は大人っぽくてきちんとしてるのに、なんだか子供っぽい子だな。
 矢沢先生がきれいな眉間にしわを寄せてため息をついた。
「あの子、天宮響さんってもしかして、天才ピアノ少女の?」
 戸並先生がアマミヤさんを横目でちらっと見て、矢沢先生に小声で訊いた。
「そう呼ばれていたこともあったわね。親戚の子なんだけど、オーストリア留学を取りやめて来年から聖女で預かることになったのよ。おかげで理事会は喜んでるわ」
「律先輩の妹なんて聞いたことなかったし、てっきりまだお姉さまーとかやってるのかと思っちゃった」
「あのね、勝手に周りの子がやってただけで私が呼ばせてたんじゃないでしょう」
 矢沢先生がむっとした様子で言った。
「先輩かっこよかったですからね」
 戸波先生がうっとりした目つきでため息混じりに言った。
「私の用事は済んだわ。思い出話がしたいだけなんだったら帰るわよ」
 矢沢先生が細い眼鏡をかけ直して立ち上がろうとした。
「あっ、待ってください。訊きたかったのはソロパートの何がいけないかってことです」
 矢沢先生は立ち上がると腕組みして話し始めた。
「さっきも言ったでしょう、ばらばらだって。それぞれがきれいに歌ってもそれじゃ一緒に歌ってるだけで、合唱にはならないの。それぞれがその曲や歌詞を理解して、ひとつのイメージを表現しないとね。たたずまいや表情まで含めてひとつの作品なの。それが世界観ということ」
 たしかに歌詞の意味なんて考えたことなかった。せいぜい『わたし』とか女言葉で歌わなきゃいけないのが恥ずかしいってくらいだ。
 矢沢先生が僕のほうを見た。ぎくっとした。
「河合さんの歌唱力は突出しているわ。恋心を知って子供から乙女に成長していく恥じらいや戸惑いが、声の震えから表情、しぐさまにで表現されていた」
 恥ずかしくていやいや歌っているのが、なんだかすごくいいほうに解釈されてる……。
「でも突出しているだけに目立つのよ。どんなに少女の心情を切なく歌って見せても、それを歌っているのが学生服の男子生徒ではパロディになってしまうでしょう。パロディでは王道に勝てないの。あなたは河合さんを道化にしてるのよ」
 矢沢先生が戸並先生に向き直った。
「あはっ。私は男女平等論者なので、あんまりそういうのは考えたことないかな」
「ま、私も同じことをしようとしていたわけだけど。私も同じような経験をしてきたというのにね。皮肉ね。私の罪が彼女にとっては福音だったなんて。あるいは運命なのかも。私の越えられなかった壁を越えることを手伝うことが、私に与えられた使命……」
 矢沢先生がうつむき加減に髪をかき上げた。矢沢先生って話し方とか動きが大げさで少女漫画みたいだ。ふと見上げると僕のすぐそばにアマミヤさんがメロンソーダの缶をもって立っていた。
「お姉ちゃん変なスイッチ入ったみたい。こうなると長いのよね」
 彼女は僕の隣に座ると、あきれたような顔で言った。君だって十分変だと思うけどなあ。(つづく)

『ソプラノ~僕が天使になるまで~』第12話

2012年04月12日05:07
第12話 天宮響

 音楽ホールの正面エントランスは一面ガラス張りになっていて、外の光が差し込んでまるで教会のようだ。
「とりあえずどこか座りましょうか」
 戸波先生が辺りを見回して言った。僕も辺りを見回した。壁に寄りかかってうつむいていた髪の長い女の子が、顔を上げて僕たちのほうを見た。黒いセーターにクリーム色のひらひらしたワンピースを着ている。まるで美少女フィギュアみたいだ。学校の制服じゃないってことは今日の大会に出てる子じゃないのかな。こんなに可愛い子は僕の学校には居ない。
 目が合ってしまった。
 その女の子は壁から体を起こして僕の顔をじっとみつめてこっちにやってきた。
「えっ、何?」
 その子は十分至近距離になっても歩くスピードを落とさずに僕の顔を覗き込んできて、おでことおでこがくっつきそうになるくらい顔を近づけて、ようやく止まってくれた。
「あなたが、河合優さん?」
 その子は僕の顔をじろじろと見て言った。
「そ、そう、だけど……」
 僕は蛇ににらまれたようにその場で動けず、のけぞって息も出来ない。
「あなた本当に男の子なの? 本当は女の子なのに嘘ついてるんじゃないの?」
「ちょっとおやめなさい。河合さんにはそういうこと言っちゃダメって言ったでしょ」
 矢沢先生がその女の子を抱きかかえるようにして僕から引き離した。髪がふわりと揺れて、矢沢先生とは違うバニラアイスみたいな甘い匂いがした。
「いやぁだ、離してお姉ちゃん。ごめんなさいぃ」
 その美少女フィギュアの女の子は整った容姿とは裏腹に、まるで子供のようにじたばたともがいている。
「謝る相手が違います」
 矢沢先生が厳しい口調で言った。
「はい、ごめんなさい。河合さん。私は天宮響。ひびきって呼んでね」
 女の子は僕に向き直ってスカートの前で手を合わせて頭を下げると、顔を上げてにこっと微笑んだ。
 何なんだだこの子……!?(つづく)

『後天性少女』第11話

2012年03月24日21:55
 第11話 Bye-Bye ボーイ(1)

 カーテン越しに明るい光が差し込んでいる。目覚まし時計を見るともう9時を過ぎていた。
 昨日は床の下でずいぶん遅くまで話し声が聞こえていた。時々大きな声がして、そのたびにまたお父さんが部屋に入ってくるんじゃないかと不安になって耳を押さえて頭から布団を被って丸まっていた。いつの間にか眠ってしまったんだ。この時間ならもうお父さんは会社に出かけて家には居ないはずだ。
「祐君、起きてる?」
 ドアの外でお母さんの声がした。階段を上ってくる音がする。お母さん一人だ。ほっとしてベッドから体を起こした。ドアが開いた。
「今日は病院いけそう?」
 お母さんが恐る恐るドアの隙間から覗き込むようにして言った。
 そうだった。お父さんはああ言っていたけど、やっぱり行くんだ、女の子になるための手術か何かをするために。なんだか現実感がない。
「大丈夫。だと思う」
「そう、良かった。ここに着替え持ってきたから支度してね」
 お母さんがドアのそばのカラーボックスの上に服を置いた。ベッドから起き上がってジーンズを手に取ると、馬鹿に短くて股の間に縫い目がない。
「お母さん、これズボンじゃないよ」
「看護婦さんが昨日言っていたじゃない。スカートで来たほうがいいって」
「だけど、だからってこんなの恥ずかしいよ」
「それに祐君はこれから女の子になるんだから、そういうのにだんだん慣れないと。それともお母さんのお古じゃいや?」
 お母さんがくすっと微笑んで言った。「女の子になる」という言葉を耳にして、体によくわからないざわめきが走った。スカートを目の前で広げた。女の子が街でよく着てるようなやつだ。これを今から穿いて外出するの? 
「穿きかたはわかるわよね」
 なんだか今日のお母さんはいつもと雰囲気が違う。オドオドした感じがない。
「……うん」
 言われるまま昨日から着たままのズボンを脱いだ。デニムのスカートに脚を通した。ふと視線を上げると、姿鏡に蟹股でスカートを穿いている自分の姿が映っている。格好悪い。こんなのどう見ても女の子じゃない。女装のヘンタイだ。やっぱり男が女の子になんてなれるはずないんだ。
「やっぱり行くのやめる」
「どうして?」
「だって、これじゃ誰が見たって男がスカートはいて変だと思われるよ」
 なるべく足が見えないようにスカートをズリ下ろすようにした。
「そう? じゃあこうしたらどうかしら」
 お母さんが洋服ダンスの引き出しから英語のロゴが入ったTシャツと水色のパーカーを取り出して、チェックのシャツの上から大きめのTシャツを頭からかぶせた。下にズリ下げていたスカートをおへそまで上げられて、最後に渡されたパーカーに袖を通して鏡を見た。ドキッとした。首から下はなんとなく女の子っぽい感じになっている。
「これなら知らん顔してれば女の子だと思うわよ。そしたら恥ずかしくないでしょう?」
 お母さんが満足げに言った。(つづく)
 
 ※最近更新が滞ってごめんなさい。明日も更新します。
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