『後天性少女』第10話

2012年03月11日10:36
第10話 性(サガ)

  玄関のドアが開く音が聞こえた。布団の中の暗闇で息を詰めていると、しばらくして階段を上がってくる足音が二つ、だんだん近づいてきた。
 すっかり忘れていたけれど、これからものすごく面倒なことになるにちがいない。頭に血が上って、胸の辺りにげっそりした吐き気がこみ上げてきた。
「……祐くん、入ってもいい?」
 ドアの向こうでおびえているような、それでいて少し笑っているような声がした。お母さんだ。僕は返事をせずに布団の中で背中を向けて体を丸めた。
「入るぞ祐介」
 乱暴にドアノブが回され、勢いよく部屋の扉が開く音が聞こえた。ああ、お父さんだ……。僕の体はこわばって、吐く息ばかりになり、胸のドキドキがこめかみにまでつながったようだ。
「寝てるのか、なあ」
 掛け布団がはがされた。毛布をはがされないようしっかりとつかんだ。
「起きてるじゃないか。お前、またおかしなこと言い出して母さんを困らせてるそうじゃないか。女になりたいとか何だとか」
 お父さんの声は少し笑っているようで、僕は少しほっとした。その瞬間、ぐいっと毛布が引っ張られた。
「あっ、やめて!」
 必死で毛布をつかんで体に引き寄せた。こわごわ視線を上げると、うす暗闇の中にスーツ姿のお父さんが僕を見下ろしているのが見えた。お父さんは部屋の明かりの紐を引っ張った。部屋が明るくなった。僕は光の中にさらされて逃げ場を失った。
 お父さんは僕を見ると、ため息をついて脱力したような表情になった。
「祐くん。昼間のこと、ちゃんとお父さんに説明しましょ? ね?」
 お父さんの背中に隠れるようにして、お母さんが言った。お父さんがベッドに腰掛けて、諭すような口調で話し始めた。
「あのな、祐介。医者に何を吹き込まれたのかわからんが、男って言うのは生まれつき男らしい奴なんて居ないんだよ。苦しいことに耐えて、我慢して努力して仕事してお金を稼いで家族を養って、ようやく一人前の男になるんだよ。お前だってちんちんついてるだろう? だったら逃げずに戦わなきゃな。ちんちんが前についてるのは前を向いて進んでいくためだよ」
 最後は冗談めかして笑いながら言った。タバコ臭い息が鼻にかかった。僕はお父さんのようになりたくない。優しそうにしてても気に入らないことがあるとすぐにキレて怒鳴るじゃないか。お母さんを召使いみたいにして。でも、僕はお母さんにお父さんと同じことをしている……。オチンチンがなくなったらお父さんと同じにならないで済むんだろうか。だったら……。
 目の前がぐるぐる回って手汗がにじみ、息が出来なくなってきた。お腹が痙攣してのど元に何かがこみ上げてきたと思うと、口の中に苦い汁が広がって、我慢できずにその場で吐いてしまった。
「わっ、お前またか」
 お父さんがすばやく身をかわした。
「まあ大変。祐くん大丈夫? タオル持って来るわ。あなたごめんなさい、また後にしましょう。私がちゃんと説明しますから」
 そういってお母さんは部屋から駆け出して言った。
「お前は女になるとか馬鹿なこと言ってないで野球部にでも入って体を鍛えろ。丈夫になれば自信もつくんだよ」
 お父さんがベッドから立ち上がってそれだけ言うと、スーツが汚れてないか気にしながら部屋から出て行った。
 部屋の中には僕とゲロの臭いが取り残された。情けなくて、悲しくて涙がこぼれた。

『ソプラノ~僕が天使になるまで~』第11話

2012年02月21日08:00
 第11話 開かれた扉

 冷たい風が吹き抜けてざわざわと木々を揺らした。枯れ葉が乾いた音を立てて生き物のように小道のタイルの上を這っていった。僕は矢沢先生に抱きしめられたまま体が枯れ木のようになって、息をするだけで精一杯だ。
「ごめんなさい。私のせいであなたを苦しめて、傷つけてしまって」
 矢沢先生が耳元でささやくように言った。吐息交じりの甘く湿った感触に鳥肌が立つのを感じた。嫌なわけじゃないけど。
「それはどういうこと、ですか」
「私、聖女が共学化されてもあなただったら女声合唱を崩さないで済むと思って、それであなたを推薦したの。でもその後共学化が中止されてからのいきさつは知らなかったのよ。馬鹿な私のせいであなたを振り回してしまったのね。戸並先生からあなたが受けた屈辱や、あなたの事情を聞いたわ。それで今日のあなたの歌を聴いて、決心したの。私が責任を持ってあなたを聖女に入学できるように説得してみせます。だから私のところに来て頂戴。罪滅ぼしになるなんて思わないけど、私にあなたの才能を預けて欲しいの。お願い」
 矢沢先生が言葉をかみ締めるように言った。奇跡だ。矢沢先生に抱きしめられたまま視線だけで戸波先生を見ると、先生は右手で小さくガッツポーズをしていた。先生が何かしたに違いない。一体どんな魔法を使ったんだろう。先生は僕が見ていることに気づくと、握っていた拳をそのまま口元に持っていって咳払いをした。
 矢沢先生がはっとして腕を離した。僕は急に支えを失ってへたり込みそうになった。
「ちょっと風が出てきたみたい。こんなところで立ち話してると風邪引いちゃうから中に入りましょう。ねえ河合さん、律子先輩も」
 戸波先生がちょっとおどけたような口調で両手をこすりながら言った。
「その呼び方、お止めなさいって言ってるでしょう。教師がいつまで学生気分引きずってるの」
 さっきまでのシリアスな雰囲気を破られた矢沢先生がむっとした口調で言った。
「あっ、ごめんなさい。会うのは久しぶりだから懐かしくって。でも矢沢先生だって相変わらず先輩風吹かせてるじゃない」
「そ、それはあなたがちゃんとしないからでしょう?」
 さっきまでの怖そうな雰囲気とちがって、いつもの部室の女子トークみたいだ。矢沢先生のきつい言葉を戸並先生はぜんぜん気にしてない。この二人どういう関係なんだろう。結構親しそうだけど。
 戸波先生に促されて三人で通用口の階段を上った。重たい鉄の扉が開かれて、温かい風が吹いてきた。(つづく)

【記事】最短でも2年待ち?「男→女」性別適合手術に予約が殺到しているワケ

2012年02月18日07:46

最短でも2年待ち?「男→女」性別適合手術に予約が殺到しているワケ

http://wpb.shueisha.co.jp/2012/02/09/9480/

本当の自分に気づく人が増えて何がいけないんでしょう。
私は増えたらいいなと思って書いていますけど。
女性になりたい人を性同一性障害かどうか見分ける必要なんてないと思っています。
もし勘違いでも幸福になれればいいわけですし、そうでないとしたら性転換者が幸福になれない社会が悪いのだと思いますね。
性転換が普通のことになる日を願ってやみません。
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