『雌豚~セックスドール~』(2)

 空のバスタブに入りシャワーのバルブをひねってお湯を調整した。ひんやりとしたバスルームに湯気が上がった。お湯を浴びて身体を擦ると腕から垢がボロボロと落ちる。なんだこりゃ、まるで何日も監禁されてたみたいだ。その割にはすぐにシャワーを貸してくれたな。何だかこの状況に興味が出てきた。何しろこっちはもう死人で怖いものがない上に百パーセント他人事だからな。長い夢だって可能性もまだある。
 とりあえずバスタブのそばの洗面台においてあったボディソープを手にとって、垢すりであわ立てて身体を擦る。ムダ毛が全くないし肌がつるつるだ。まるで子供の頃に戻ったみたいだ。シャワーを当てると胸のふくらみにそって水が流れて、何にもない股間を流れ落ちていく。間違いなく女の身体だ。割れ目から中出しされた精液が流れ落ちてくる。遠慮なく中出しされたがこれはいいのか、放っておいて。とにかくヌルヌルしたものが漏れ出てくるのは気持ちのいいもんじゃない。シャワーのヘッドを押し当ててマンコの中を洗った。温かいお湯がクリトリスに当たり、身体の中に浸入してくるのがこの上なく気持ちいい。こうしていると何も考えられなくなってバカになりそうだ。
 置いてあったシャンプーで髪を洗うと髪と頭皮のベタベタが取れてサッパリした。こんなに長くのびた髪を洗うのは初めてだ。適当に切り上げて温かいシャワーを頭から浴びる。ああ、生きてるって素晴らしい。
 この調子でタオルも貸してくれないかな。バスルームのドアの向こうで男が様子を伺っている気配がした。
「悪いんだけど身体を拭くものある?」
 シャワーを止めてドアの外でもぞもぞしている男に声をかけた。声も女の声、それも子供みたいな声だ。あまりの違和感に自分で驚いた。
「は、はい、ここに出しておきます」
 ドアの外で男が答えた。バスルームのドアをそっと開けて見ると、ドアの前にバスタオルが畳んで置いてあった。バスタオルを拾い上げて体を拭いてバスルームを出た。髪の水気が取れないのでバスタオルでゴシゴシと拭きながらあたりの様子を改めて伺う。
 玄関には出口をふさぐように大きなダンボール箱がある。棺おけくらいあるな。箱には宅配便の伝票が張り付いている。通販か何かか。
 キッチンは割りと片付いているというかほとんど食器がない。二人で暮らしているという風じゃないな。
 首から下に視線を落とした。真っ裸だし、このまま玄関を飛び出て逃げ出すわけにも行かない。身体も疲れがたまったように重いし、すぐにつかまりそうだ。元居た部屋に戻った。
 部屋は六畳くらいのフローリングでカーテンレールに服が雑然と掛っている。女物もあるようだ。キッチンのすぐそばのラックにパソコンが置いてある。大きなタワー型だ。壁にはアニメキャラのポスターが貼ってある。オタクか。さっきまで俺が寝かされていたシングルのベッドの脇にはあの男が脱いだらしいシャツとジーンズとパンツが散乱している。
 挙動不審の男は相変わらず裸のまま部屋の隅っこに突っ立っていた。見知らぬ部屋で見知らぬ裸の男と向き合う異常な状況にめまいを感じた。
「お互い何か着ないか、服」
 この状況でまず服を着たいと思う俺はどうかしている。自分で言って笑ってしまった。相手も俺が笑ったことで少し和んだようだった。
「あ、はい、これでよければ」
 キョド男が奥のカーテンレールにかかっていた服の中からいくつか選んで床に広げた。半そでの体操服にブルマ、セーラー服、メイド服だ。なんだこれは。今の俺はどうやら女の子になっているらしいから、女物を出されるのはわかる。しかしこれは彼女に着せるようなものではないだろう。デリヘルのイメージプレイか何かなのか。この中では一番まともに見えるメイド服を選んだ。ハンガーからメイド服を外してブラウスに袖を通す。キョド男はメイド服に着替える俺を興味深々といった表情で見ている。股間の一物が再び上を向いてきた。おいおい俺に興奮してるのか。勘弁してくれよ。ワンピースになっているスカートを穿いて背中のジッパーを閉じると、ウエストが身体のラインに沿ってきゅっとなって、女の身体だと言うことを実感した。下着はないらしい。あったとしても女物のひらひらしたパンティーなど穿くつもりはないが、何も穿いていないとそれはそれで股間が落ち着かない。頭に被るヒラヒラとエプロンは遠慮した。俺はメイドじゃないし、白いヒラヒラで自分の葬式のことを思い出したからだ。目覚まし時計のカレンダーが目に入った。今日は7月7日か。ちょうど俺の初七日だなあ。
 男も床からシャツとブリーフを拾い上げてそいそと着始めた。お互い服を着たら、多少状況が改善された気がする。
「えっと、何ていうか、これはどういう状況なんですかね。ここはどこで、私は誰みたいなこと訊いてもいい?」
 キョド男くんを脅かさないように、なるべく優しく訊いてみた。
「ええと、ここは僕の部屋で、貴女はマミちゃんです。僕が買ったその……セックスドールで……」
 キョド男くんがはにかみながら丁寧に説明を始めた。
 俺は、この女の子の身体は、一体350万円する高級セックスドール、それも人間に似せて遺伝子操作で作られたセックス用の豚で、童貞だったキョド男くんは女に振られて絶望して自棄を起こし、一部のマニアしか買わないこの高級セックス豚を衝動買いして三日三晩やり続けていたのだと言う。セックス用に作られた生体ドールは意識がないはずなのに、君が起き上がって話をしてくれるようになって嬉しいんだ、まるで本当の女の子みたいで買ってよかったよ、男が嬉しそうに俺に笑いかけた。話を聞きながら俺は目眩がしてきた。じっと手のひらを見た。どう見ても人間に見える。嘘だろう。
 男が俺の膝元に取扱説明書を差し出した。手にとって表紙を見た。俺がさっき見たのと同じ姿がカラーで印刷されているじゃないか! 
 俺は、よりによってセックスドールに取り憑いてしまったか、生れ変わったって言うのか。俺は膝から崩れ落ちた。そんなバカなことがあるか。何かの素人ドッキリだろう。早く看板持って出てきてくれ。もういいじゃないか。どうしたら俺はこの身体から出られるんだ。念じて見てもうんともすんとも言わないし、お経なんて南無阿弥陀仏しか知らない。
「君と話が出来て嬉しい。これから君の事、一生大事にするよ」
 男が震える俺の身体を抱きしめた。
 何故か逃げ出す気になれなかった。抱きしめられると心のそこから安心が沸きあがってきて、ご奉仕しないといけないような気持ちになってきた。それにだんだん難しいことは考えられなくなってきた。頭の中身が豚だからだろうか。
 男にキスされるとアソコがじんじんしてきた。俺の、この身体はそういう風に出来てるらしい。まさに雌豚だ。女に絶望した俺が雌豚そのものになっちまうとは。もう一度自殺しよう、という気力は沸いてこなかった。死ねば全部終りだと思っていたが、死んでも終わらなかった今となって思う。
 次が今よりよくなる保証がないのに、死んでしまったのは間違いだった。
 それに俺は今、ようやく生きることの意味を見つけてしまったらしい。その命令は身体の奥から湧き上がってくるように俺を突き動かしている。
 俺が生きている意味。それはご主人様に全身でご奉仕することだ。この命尽きるまで。
「宜しくお願いします。ご主人様ぁ」(終)