第13話 メロンソーダの福音

 僕たちは、売店脇の自販機コーナーにあるベンチに腰掛けた。
 アマミヤさんは立ったまま自販機を覗き込んでいる。
「生徒も居ることだし、喫茶店ってわけにも行かないしね」
 戸波先生が苦笑しながら言った。
 ガコーンと自販機からジュースが転がり出る音が響いた。アマミヤさんはミニスカートも気にせずかがみこんで缶を取り出すと、目をつぶり両手を添えて飲み始めた。見た目は大人っぽくてきちんとしてるのに、なんだか子供っぽい子だな。
 矢沢先生がきれいな眉間にしわを寄せてため息をついた。
「あの子、天宮響さんってもしかして、天才ピアノ少女の?」
 戸並先生がアマミヤさんを横目でちらっと見て、矢沢先生に小声で訊いた。
「そう呼ばれていたこともあったわね。親戚の子なんだけど、オーストリア留学を取りやめて来年から聖女で預かることになったのよ。おかげで理事会は喜んでるわ」
「律先輩の妹なんて聞いたことなかったし、てっきりまだお姉さまーとかやってるのかと思っちゃった」
「あのね、勝手に周りの子がやってただけで私が呼ばせてたんじゃないでしょう」
 矢沢先生がむっとした様子で言った。
「先輩かっこよかったですからね」
 戸波先生がうっとりした目つきでため息混じりに言った。
「私の用事は済んだわ。思い出話がしたいだけなんだったら帰るわよ」
 矢沢先生が細い眼鏡をかけ直して立ち上がろうとした。
「あっ、待ってください。訊きたかったのはソロパートの何がいけないかってことです」
 矢沢先生は立ち上がると腕組みして話し始めた。
「さっきも言ったでしょう、ばらばらだって。それぞれがきれいに歌ってもそれじゃ一緒に歌ってるだけで、合唱にはならないの。それぞれがその曲や歌詞を理解して、ひとつのイメージを表現しないとね。たたずまいや表情まで含めてひとつの作品なの。それが世界観ということ」
 たしかに歌詞の意味なんて考えたことなかった。せいぜい『わたし』とか女言葉で歌わなきゃいけないのが恥ずかしいってくらいだ。
 矢沢先生が僕のほうを見た。ぎくっとした。
「河合さんの歌唱力は突出しているわ。恋心を知って子供から乙女に成長していく恥じらいや戸惑いが、声の震えから表情、しぐさまにで表現されていた」
 恥ずかしくていやいや歌っているのが、なんだかすごくいいほうに解釈されてる……。
「でも突出しているだけに目立つのよ。どんなに少女の心情を切なく歌って見せても、それを歌っているのが学生服の男子生徒ではパロディになってしまうでしょう。パロディでは王道に勝てないの。あなたは河合さんを道化にしてるのよ」
 矢沢先生が戸並先生に向き直った。
「あはっ。私は男女平等論者なので、あんまりそういうのは考えたことないかな」
「ま、私も同じことをしようとしていたわけだけど。私も同じような経験をしてきたというのにね。皮肉ね。私の罪が彼女にとっては福音だったなんて。あるいは運命なのかも。私の越えられなかった壁を越えることを手伝うことが、私に与えられた使命……」
 矢沢先生がうつむき加減に髪をかき上げた。矢沢先生って話し方とか動きが大げさで少女漫画みたいだ。ふと見上げると僕のすぐそばにアマミヤさんがメロンソーダの缶をもって立っていた。
「お姉ちゃん変なスイッチ入ったみたい。こうなると長いのよね」
 彼女は僕の隣に座ると、あきれたような顔で言った。君だって十分変だと思うけどなあ。(つづく)