第13話 恥ずかしすぎて

 震える手で玄関の鍵を閉めた。辺りに人が居ないか確認して、車の後部座席に駆け込んだ。スカートってすごく走りにくいんだ……。
 車が走り出した。車に乗ってしまえば、僕がスカートを穿いてるのは見えない。もう始業時間は過ぎているから、僕の学校の生徒もいないはずだ。
 緊張が少し解けた。視線を落とすと、デニムのスカートから突き出たひざ小僧が見える。胸がぎゅんっとなってお尻の辺りがむずむずした。
 お母さんはバッグからポーチを取り出して、車のミラーを覗き込んで顔に肌色のクリームを塗り始めた。髪を整えて、口紅を塗る。信号待ちのたびにきれいになっていく。まるで魔法だ。
「どうしたの?」
 僕の視線に気づいたお母さんが僕のほうをチラッと見て言った。その顔はいつものお母さんじゃなくて、すっかり『きれいな女の人』になっていた。
「……なんでもない」
 ドキっとして視線を落とした。
「大丈夫。先生も簡単に治せるって言っていたでしょう、そしたら学校にもいけるようになるわ」
 お母さんが優しく微笑んでいった。その言葉でこれから病院に行くんだって言うことを思い出して、逆に不安になってきてしまった。

 大学病院に着いた。まだ朝早いせいか駐車場が空いていて、昨日よりいいところに止められたみたい。建物のすぐそばだ。
 ドアを開けて車から降りる。その時になってまた、今の僕はスカートを穿いているんだっていうことを思い出して、また体が硬くなった。
 幸いまだ周囲には人がいない。隣の市だし、知り合いなんていないよね。思い切ってドアを開けて外に出た。むき出しの足を少し冷たい風が撫でた。まるで何も穿いていないみたい。
「ちょっと早いけど、中で待っていましょう」
 お母さんは僕の気持ちをまったく理解せずにさっさと歩き出した。僕はお母さんの影に隠れようと急いで後ろについた。一歩足を出すごとにスカートが僕の足を邪魔する。まるで障害物競走だ。どうしても内股の小股になってしまう。お母さんも僕と同じような形のスカートを穿いているけれど、まったく邪魔そうな感じはしない。
 大きな正面玄関を素通りして、公園のような遊歩道を通って女性科の病棟に向かう。人のいるロビーを通らずに済んでほっとした。
 女性科の玄関をくぐる。中は一面ピンク色だ。待合ロビーにはまだ誰もいない。
 お母さんが女性科の受付でしばらく女の人とやり取りすると、看護婦さんが迎えに来た。僕はスカート姿を見られたくなくてお母さんの影に隠れた。
「奥井さんですね、第二診察室へどうぞ」
 看護婦さんは僕を見て微笑んで言った。僕のことを笑ったんじゃないとわかっていても、恥ずかしさで頭に血が上ってくるのがわかった。看護婦さんの後についてお母さんが診察室に向かって歩き出した。走って逃げ出したいけど、そんなことしたら余計目立っちゃう。それにスカートじゃうまく走れないし。早く女の子になっちゃえばスカートを穿いていても変じゃなくなるんだ。でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……。
 ふわふわした足取りでお母さんの後を追いかけた。(つづく)