第14話 おんなのこになあれ

 病院の廊下はまだ空気が冷たい。むき出しの脚がスースーする。前を歩いていく看護婦さんの脚が目に入った。女の人ってよく平気だな。僕、これから女の子になったらもうずっとスカートを穿かなきゃいけないんだ。
 診察室の入り口が見えてきた。看護婦さんに続いて入り口をくぐる。曇りガラスに『第二診察室』と書かれたドアを、看護婦さんが軽くノックして、開けた。
「赤木先生、奥井さんがお見えになりました」 
 診察室の机の前に座っていた先生が顔を上げた。
「お待ちしていました。こちらへどうぞ。あらっ?」
 先生がお母さんの後ろにいる僕を見た。ドキッとしてお母さんの背中に隠れた。
「今日はスカートで来られたんですね」
 先生がにっこりと笑って言った。
「ええ、スカートのほうが良いといわれましたので。ほら祐君、先生にご挨拶なさい」
 お母さんに両肩をつかまれて部屋の真ん中に押し出されてしまった。
 三人の視線の中に放り出された僕は、恥ずかしさで頭に血が上り、お酒に酔ったみたいにわけがわからなくなってしまった。
「おはようございますっ、今日はよろしくお願いしますっ」
 まるで小さな子のように大きな声で挨拶して勢いよくお辞儀した。
「とってもかわいくて驚いちゃいました。理解のあるお母様で良かったわね。でも、もう少し広がるスカートのほうが楽かもしれないですね、脚開きますから」
 看護婦さんが少しおかしそうに言った。
「ええ、私のお古なものですから、祐介に会いそうなスカートはこれしかなかったんです。ね?」
 ね、っていわれても、僕は出されたものをただ穿いただけだよぉ。思いっきり首を振った。
「ちょっと気に入らないみたいで。そうね、これからのこともあるし、これからは祐くんにも女の子の服を買ってあげないとね」
 お母さんに背中を押されてふらふらと先生の前の椅子に腰掛けた。
「そうですね、性同一性障害を持って生まれた方は、子供の頃に本来の性別として扱ってもらえなかったことが心の傷となって残ることが多いですから、これからは我慢させずに女の子らしい服を着せてあげてください」
「そうなんですか……祐君これまでごめんね」
 お母さんが僕の顔を覗き込んで手を握った。
「それに関連してひとつ気になることがあるんです」
 先生がお母さんのほうを向いて「こういうことは私の領域ではないのですが」と前置きして言った。
「お母様は祐介さんのことをずっと男の子のように”祐くん”と呼んでいますね」
「はい。それがなにか」
 お母さんが小首をかしげた。
「先ほども説明しましたが、性同一性障害の子は本人の心の性別で扱ってあげることがもっとも本人にとって良いことなんです。祐介さんは心は女の子なのですから、お母様もきちんと女の子として呼んであげた方がいいと思います。人間の性というのは体の性別だけではないんですね。女性ならば女性であると社会的に認知されて始めて社会の一員なんです。祐介さんの場合、お名前そのものが男性的ですから、これから女性として社会生活を送っていく上で女性的な名前に改名されたほうが、ご本人も周囲も違和感を感じないで済むのではないでしょうか。もちろん祐介さんご本人が希望されればですが、こういった社会的なことも考えておいてください」  
 先生がお母さんの目を見て真剣な表情で言った。
「はあ、名前ですか……気がつかなかったわ。どうしましょうか、祐君……じゃなくて祐子ちゃんかしらね」
 お母さんが少しおどけた風に僕に言った。お母さんに『ユウコちゃん』と呼ばれて、僕はギュンと心臓をつかまれたように興奮して、オチンチンがスカートの下でむくむくと大きくなるのを感じた。同時に不安よりも期待感が高まってくる。まるでオチンチンが女の子になりたい気持ちの発生源だ。(つづく)