後天性少女

『後天性少女』第14話

2012年08月12日19:00
 第14話 おんなのこになあれ

 病院の廊下はまだ空気が冷たい。むき出しの脚がスースーする。前を歩いていく看護婦さんの脚が目に入った。女の人ってよく平気だな。僕、これから女の子になったらもうずっとスカートを穿かなきゃいけないんだ。
 診察室の入り口が見えてきた。看護婦さんに続いて入り口をくぐる。曇りガラスに『第二診察室』と書かれたドアを、看護婦さんが軽くノックして、開けた。
「赤木先生、奥井さんがお見えになりました」 
 診察室の机の前に座っていた先生が顔を上げた。
「お待ちしていました。こちらへどうぞ。あらっ?」
 先生がお母さんの後ろにいる僕を見た。ドキッとしてお母さんの背中に隠れた。
「今日はスカートで来られたんですね」
 先生がにっこりと笑って言った。
「ええ、スカートのほうが良いといわれましたので。ほら祐君、先生にご挨拶なさい」
 お母さんに両肩をつかまれて部屋の真ん中に押し出されてしまった。
 三人の視線の中に放り出された僕は、恥ずかしさで頭に血が上り、お酒に酔ったみたいにわけがわからなくなってしまった。
「おはようございますっ、今日はよろしくお願いしますっ」
 まるで小さな子のように大きな声で挨拶して勢いよくお辞儀した。
「とってもかわいくて驚いちゃいました。理解のあるお母様で良かったわね。でも、もう少し広がるスカートのほうが楽かもしれないですね、脚開きますから」
 看護婦さんが少しおかしそうに言った。
「ええ、私のお古なものですから、祐介に会いそうなスカートはこれしかなかったんです。ね?」
 ね、っていわれても、僕は出されたものをただ穿いただけだよぉ。思いっきり首を振った。
「ちょっと気に入らないみたいで。そうね、これからのこともあるし、これからは祐くんにも女の子の服を買ってあげないとね」
 お母さんに背中を押されてふらふらと先生の前の椅子に腰掛けた。
「そうですね、性同一性障害を持って生まれた方は、子供の頃に本来の性別として扱ってもらえなかったことが心の傷となって残ることが多いですから、これからは我慢させずに女の子らしい服を着せてあげてください」
「そうなんですか……祐君これまでごめんね」
 お母さんが僕の顔を覗き込んで手を握った。
「それに関連してひとつ気になることがあるんです」
 先生がお母さんのほうを向いて「こういうことは私の領域ではないのですが」と前置きして言った。
「お母様は祐介さんのことをずっと男の子のように”祐くん”と呼んでいますね」
「はい。それがなにか」
 お母さんが小首をかしげた。
「先ほども説明しましたが、性同一性障害の子は本人の心の性別で扱ってあげることがもっとも本人にとって良いことなんです。祐介さんは心は女の子なのですから、お母様もきちんと女の子として呼んであげた方がいいと思います。人間の性というのは体の性別だけではないんですね。女性ならば女性であると社会的に認知されて始めて社会の一員なんです。祐介さんの場合、お名前そのものが男性的ですから、これから女性として社会生活を送っていく上で女性的な名前に改名されたほうが、ご本人も周囲も違和感を感じないで済むのではないでしょうか。もちろん祐介さんご本人が希望されればですが、こういった社会的なことも考えておいてください」  
 先生がお母さんの目を見て真剣な表情で言った。
「はあ、名前ですか……気がつかなかったわ。どうしましょうか、祐君……じゃなくて祐子ちゃんかしらね」
 お母さんが少しおどけた風に僕に言った。お母さんに『ユウコちゃん』と呼ばれて、僕はギュンと心臓をつかまれたように興奮して、オチンチンがスカートの下でむくむくと大きくなるのを感じた。同時に不安よりも期待感が高まってくる。まるでオチンチンが女の子になりたい気持ちの発生源だ。(つづく)

『後天性少女』第13話

2012年05月27日08:52
 第13話 恥ずかしすぎて

 震える手で玄関の鍵を閉めた。辺りに人が居ないか確認して、車の後部座席に駆け込んだ。スカートってすごく走りにくいんだ……。
 車が走り出した。車に乗ってしまえば、僕がスカートを穿いてるのは見えない。もう始業時間は過ぎているから、僕の学校の生徒もいないはずだ。
 緊張が少し解けた。視線を落とすと、デニムのスカートから突き出たひざ小僧が見える。胸がぎゅんっとなってお尻の辺りがむずむずした。
 お母さんはバッグからポーチを取り出して、車のミラーを覗き込んで顔に肌色のクリームを塗り始めた。髪を整えて、口紅を塗る。信号待ちのたびにきれいになっていく。まるで魔法だ。
「どうしたの?」
 僕の視線に気づいたお母さんが僕のほうをチラッと見て言った。その顔はいつものお母さんじゃなくて、すっかり『きれいな女の人』になっていた。
「……なんでもない」
 ドキっとして視線を落とした。
「大丈夫。先生も簡単に治せるって言っていたでしょう、そしたら学校にもいけるようになるわ」
 お母さんが優しく微笑んでいった。その言葉でこれから病院に行くんだって言うことを思い出して、逆に不安になってきてしまった。

 大学病院に着いた。まだ朝早いせいか駐車場が空いていて、昨日よりいいところに止められたみたい。建物のすぐそばだ。
 ドアを開けて車から降りる。その時になってまた、今の僕はスカートを穿いているんだっていうことを思い出して、また体が硬くなった。
 幸いまだ周囲には人がいない。隣の市だし、知り合いなんていないよね。思い切ってドアを開けて外に出た。むき出しの足を少し冷たい風が撫でた。まるで何も穿いていないみたい。
「ちょっと早いけど、中で待っていましょう」
 お母さんは僕の気持ちをまったく理解せずにさっさと歩き出した。僕はお母さんの影に隠れようと急いで後ろについた。一歩足を出すごとにスカートが僕の足を邪魔する。まるで障害物競走だ。どうしても内股の小股になってしまう。お母さんも僕と同じような形のスカートを穿いているけれど、まったく邪魔そうな感じはしない。
 大きな正面玄関を素通りして、公園のような遊歩道を通って女性科の病棟に向かう。人のいるロビーを通らずに済んでほっとした。
 女性科の玄関をくぐる。中は一面ピンク色だ。待合ロビーにはまだ誰もいない。
 お母さんが女性科の受付でしばらく女の人とやり取りすると、看護婦さんが迎えに来た。僕はスカート姿を見られたくなくてお母さんの影に隠れた。
「奥井さんですね、第二診察室へどうぞ」
 看護婦さんは僕を見て微笑んで言った。僕のことを笑ったんじゃないとわかっていても、恥ずかしさで頭に血が上ってくるのがわかった。看護婦さんの後についてお母さんが診察室に向かって歩き出した。走って逃げ出したいけど、そんなことしたら余計目立っちゃう。それにスカートじゃうまく走れないし。早く女の子になっちゃえばスカートを穿いていても変じゃなくなるんだ。でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……。
 ふわふわした足取りでお母さんの後を追いかけた。(つづく)

『後天性少女』第12話

2012年04月21日23:32
第12話 Bye-Bye ボーイ(2)

「さ、軽く何か食べてから行きましょう」
「……うん」
 お母さんのあとについて部屋を出た。
 ふらつく脚で階段を下りる。むき出しのひざ小僧が見える。そしてその上にはスカート。なんだかもう女の子になってしまったみたいだ。
 台所の椅子に腰掛けるときにも自分のむき出しのひざ小僧が見えて、スカートを意識してしまう。あまり自由が利かなくて、まるでひざを縛られているみたい。自然に内股になってしまう。
「トーストでいいかしら」
 僕の目の前に溶けかかったバターの乗ったキツネ色のトーストと目玉焼きが置かれた。あまり食欲はなかったけれど、香ばしい臭いにつられて一口かじった。いつもは冷えたご飯と味噌汁かコンビニのサンドイッチだったから、焼きたての温かいパンが美味しく感じた。
「美味しい」
「そう、良かった。こうしてお台所で一緒に朝ごはん食べるの久しぶりね」
 お母さんが僕の正面に腰掛けて、小さな器に盛られたサラダをお箸でつまみながらうれしそうに言った。
 食事を済ませると、お母さんが僕の顔をじっと見て洗面所からドライヤーとブラシを持ってきた。
「髪に寝癖がついてるわ。ちょっとそのまま座っていてね。綺麗にセットしてあげるから」
 僕が返事する前に、僕の頭に温かい風が吹きかけられて、髪を右に左に引っ張リはじめた。
「ちょっと伸びてきたと思っていたけど、これからは逆に伸ばさなきゃいけないわね」
 そういいながらお母さんが僕の頭に良い匂いがするクリームみたいなものを塗りつけて、温風を当てながらこね回すようにした。
「うん、可愛くなったわ」
 お母さんがドライヤーを止めて言った。まだ温かい髪にそっと手を当てると、自分の髪じゃないみたいにサラサラになっている。一体、どんな風になったんだろう。
 洗面所に行き鏡を覗き込むと、そこには、少し髪が肩にかかるくらいの、ショートヘアの女の子、がいた。つやつやの前髪がゆるくカーブして額にかかり、伸びっぱなしだった両脇の髪もふわりと耳元にかかっている。
 お母さんはどんな魔法を使ったんだろう。もしかして僕は寝ている間にもう女の子に変えられてしまったんじゃないだろうか。まるきり女の子の姿になった自分にドキドキしてきて、オチンチンがスカートの下で硬くなった。硬くなったオチンチンをスカートの上から手でなぞる。僕は今日これから病院に行ったら女の子にされちゃうんだ、このオチンチンもきっとなくなるんだ、でも本当に可愛い女の子になれるんだったら、もっと可愛い女の子になれるんだったら、ずっと女の子でいられるなら、僕は……。
 今朝から感じていた胸のざわめきの正体がはっきりと意識できた。
 間違いでも何だっていい、脳とか心がどうとか、先のことなんて知らない。
 僕は、女の子になりたい。
「先に車出してくるわね」
 玄関のほうでお母さんの声がした。
「はぁい」
 鏡から目を離せないまま返事した。
 急いで玄関に行って靴を履く。運動靴じゃなく、なるべく女の子でも履きそうなスニーカーを選んだ。ひざの自由が利かなくてうまくはけない。後ろから手を回して、かかとに指を引っ掛けてようやく履いた。
 顔を上げた。玄関の小さな窓から朝の光が差し込んでいる。ドアにそっと手をかけた。
 このドアを出たら、もう戻れない。
 そんな気持ちを振り切るようにドアを開けた。(つづく)

※一週間早く嘘をついてしまってごめんなさい。

『後天性少女』第11話

2012年03月24日21:55
 第11話 Bye-Bye ボーイ(1)

 カーテン越しに明るい光が差し込んでいる。目覚まし時計を見るともう9時を過ぎていた。
 昨日は床の下でずいぶん遅くまで話し声が聞こえていた。時々大きな声がして、そのたびにまたお父さんが部屋に入ってくるんじゃないかと不安になって耳を押さえて頭から布団を被って丸まっていた。いつの間にか眠ってしまったんだ。この時間ならもうお父さんは会社に出かけて家には居ないはずだ。
「祐君、起きてる?」
 ドアの外でお母さんの声がした。階段を上ってくる音がする。お母さん一人だ。ほっとしてベッドから体を起こした。ドアが開いた。
「今日は病院いけそう?」
 お母さんが恐る恐るドアの隙間から覗き込むようにして言った。
 そうだった。お父さんはああ言っていたけど、やっぱり行くんだ、女の子になるための手術か何かをするために。なんだか現実感がない。
「大丈夫。だと思う」
「そう、良かった。ここに着替え持ってきたから支度してね」
 お母さんがドアのそばのカラーボックスの上に服を置いた。ベッドから起き上がってジーンズを手に取ると、馬鹿に短くて股の間に縫い目がない。
「お母さん、これズボンじゃないよ」
「看護婦さんが昨日言っていたじゃない。スカートで来たほうがいいって」
「だけど、だからってこんなの恥ずかしいよ」
「それに祐君はこれから女の子になるんだから、そういうのにだんだん慣れないと。それともお母さんのお古じゃいや?」
 お母さんがくすっと微笑んで言った。「女の子になる」という言葉を耳にして、体によくわからないざわめきが走った。スカートを目の前で広げた。女の子が街でよく着てるようなやつだ。これを今から穿いて外出するの? 
「穿きかたはわかるわよね」
 なんだか今日のお母さんはいつもと雰囲気が違う。オドオドした感じがない。
「……うん」
 言われるまま昨日から着たままのズボンを脱いだ。デニムのスカートに脚を通した。ふと視線を上げると、姿鏡に蟹股でスカートを穿いている自分の姿が映っている。格好悪い。こんなのどう見ても女の子じゃない。女装のヘンタイだ。やっぱり男が女の子になんてなれるはずないんだ。
「やっぱり行くのやめる」
「どうして?」
「だって、これじゃ誰が見たって男がスカートはいて変だと思われるよ」
 なるべく足が見えないようにスカートをズリ下ろすようにした。
「そう? じゃあこうしたらどうかしら」
 お母さんが洋服ダンスの引き出しから英語のロゴが入ったTシャツと水色のパーカーを取り出して、チェックのシャツの上から大きめのTシャツを頭からかぶせた。下にズリ下げていたスカートをおへそまで上げられて、最後に渡されたパーカーに袖を通して鏡を見た。ドキッとした。首から下はなんとなく女の子っぽい感じになっている。
「これなら知らん顔してれば女の子だと思うわよ。そしたら恥ずかしくないでしょう?」
 お母さんが満足げに言った。(つづく)
 
 ※最近更新が滞ってごめんなさい。明日も更新します。

『後天性少女』第10話

2012年03月11日10:36
第10話 性(サガ)

  玄関のドアが開く音が聞こえた。布団の中の暗闇で息を詰めていると、しばらくして階段を上がってくる足音が二つ、だんだん近づいてきた。
 すっかり忘れていたけれど、これからものすごく面倒なことになるにちがいない。頭に血が上って、胸の辺りにげっそりした吐き気がこみ上げてきた。
「……祐くん、入ってもいい?」
 ドアの向こうでおびえているような、それでいて少し笑っているような声がした。お母さんだ。僕は返事をせずに布団の中で背中を向けて体を丸めた。
「入るぞ祐介」
 乱暴にドアノブが回され、勢いよく部屋の扉が開く音が聞こえた。ああ、お父さんだ……。僕の体はこわばって、吐く息ばかりになり、胸のドキドキがこめかみにまでつながったようだ。
「寝てるのか、なあ」
 掛け布団がはがされた。毛布をはがされないようしっかりとつかんだ。
「起きてるじゃないか。お前、またおかしなこと言い出して母さんを困らせてるそうじゃないか。女になりたいとか何だとか」
 お父さんの声は少し笑っているようで、僕は少しほっとした。その瞬間、ぐいっと毛布が引っ張られた。
「あっ、やめて!」
 必死で毛布をつかんで体に引き寄せた。こわごわ視線を上げると、うす暗闇の中にスーツ姿のお父さんが僕を見下ろしているのが見えた。お父さんは部屋の明かりの紐を引っ張った。部屋が明るくなった。僕は光の中にさらされて逃げ場を失った。
 お父さんは僕を見ると、ため息をついて脱力したような表情になった。
「祐くん。昼間のこと、ちゃんとお父さんに説明しましょ? ね?」
 お父さんの背中に隠れるようにして、お母さんが言った。お父さんがベッドに腰掛けて、諭すような口調で話し始めた。
「あのな、祐介。医者に何を吹き込まれたのかわからんが、男って言うのは生まれつき男らしい奴なんて居ないんだよ。苦しいことに耐えて、我慢して努力して仕事してお金を稼いで家族を養って、ようやく一人前の男になるんだよ。お前だってちんちんついてるだろう? だったら逃げずに戦わなきゃな。ちんちんが前についてるのは前を向いて進んでいくためだよ」
 最後は冗談めかして笑いながら言った。タバコ臭い息が鼻にかかった。僕はお父さんのようになりたくない。優しそうにしてても気に入らないことがあるとすぐにキレて怒鳴るじゃないか。お母さんを召使いみたいにして。でも、僕はお母さんにお父さんと同じことをしている……。オチンチンがなくなったらお父さんと同じにならないで済むんだろうか。だったら……。
 目の前がぐるぐる回って手汗がにじみ、息が出来なくなってきた。お腹が痙攣してのど元に何かがこみ上げてきたと思うと、口の中に苦い汁が広がって、我慢できずにその場で吐いてしまった。
「わっ、お前またか」
 お父さんがすばやく身をかわした。
「まあ大変。祐くん大丈夫? タオル持って来るわ。あなたごめんなさい、また後にしましょう。私がちゃんと説明しますから」
 そういってお母さんは部屋から駆け出して言った。
「お前は女になるとか馬鹿なこと言ってないで野球部にでも入って体を鍛えろ。丈夫になれば自信もつくんだよ」
 お父さんがベッドから立ち上がってそれだけ言うと、スーツが汚れてないか気にしながら部屋から出て行った。
 部屋の中には僕とゲロの臭いが取り残された。情けなくて、悲しくて涙がこぼれた。
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