女性化

『チェンジリング』第14話(1)

2011年06月22日14:43
第14話 童貞受胎(1)

 検査と説明を終えた僕たちは、看護婦さんに案内されて病室へ向かった。今日から僕と姉さんは病院で二晩泊まることになる。
 第二診察室を出る時、僕が荷物を持とうとすると、孝之さんが「いいよ、俺が持つから」と言って持ってくれた。僕が頼りなく見えたからだろうけど、まるでお姫様みたいで、その……ちょっと嬉しかった。
 エレベーターのドアが開くと、ロビーのようになっていて、女の人が二人ソファーに腰掛けていた。妊婦さんだろうか。それともご家族かな。他人の目を意識して自分がどんな格好をしているのかを思い出した。こんなところを姉さんの服を着て歩くなんて何だか恥ずかしいな。他の女の人たちはどう思うんだろう。先生は代理出産をよく思わない人もいるだろうって言ってたけど、まして男なんて反応が想像できない。なるべく目立たないようにしよう。女性に見えるよう、蟹股になったりしないように気をつけて、うつむき加減で看護婦さんの後ろを歩いた。
 案内された病室は二階の端っこの201号室だ。
 病室の中はピンク色の壁にピンク色のカーテン、ピンク色のベッド。何もかも全部ピンクだ。ラブホテルってこんな感じだろうか。行った事ないけど。
 案内してくれた看護婦さんは、姉さんに入院手続きの説明をすると、何か用があったら呼んでくださいと言って帰っていった。僕たちはお辞儀して見送った。僕たち三人は病室に取り残されてただ立っていた。これから手術のときまで何してればいいんだろう。
「悠里、身体大丈夫? そこ座ったら」
「うん」
 姉さんに促されてソファーに腰掛けた。これもピンクか。視界に入るもの全部ピンク色。そういえば廊下もピンクだったな。先生の趣味だろうか。なんだかほんわかした気分になってくる。
「机もあるわね。勉強できるわよ」
 姉さんがスタンド付きの机を指差して笑った。
「……今日くらい勘弁してよ」
「冗談、冗談。ちょっと一息つきましょ。もうお昼だけど、何か食べる?」
 姉さんが持ってきたバッグを椅子の上に置いて中を探っている。
 荷物を下ろした孝之さんが時計をちらちら見ている。
「もう電車の時間なの?」
 姉さんが手を止めて言った。
「あ、ああ。もう行かなきゃならない」
 孝之さんはそう言って溜息をついた。
「ううん、会社が大変な時期なのは私が一番よくわかってるから。私のほうこそごめんなさい。悠里には私がついているから。母さんも来るって言ってたわ」
「こっちは俺のほうで何とかするよ。大変たって悠里君に比べりゃどうってことはない。食事くらいできると思ってたんだが、すまない。まあ、男の俺なんかより悠里君にはお前と一緒のほうがいいか」
 孝之さんは自嘲気味に言った。孝之さんは、僕が姉さんをただ姉弟として以上に好きなことを知ってるみたいだ。
 脱いでいたジャケットを着ようとした孝之さんに姉さんが駆け寄って、後ろから着せてあげている。僕の想像する理想の夫婦そのものだ。いつも出勤前とか会社ではこんな感じなんだろうか。
 体格のいい孝之さんにはスーツ姿が良く似合う。僕も今朝、姉さんに服を着せてもらったけど、この女物のカーディガンじゃあな。同じようなことをしてもらっても同じようにはならないだろうな。僕は着せ替え人形みたいだったもん。
「じゃあ、後は頼んだよ。何かあったら呼んでくれ」
 孝之さんはそう言って二本指で敬礼するようにして病室を後にした。僕は姉さんがドアのところまで見送るのを黙って見ていた。
 孝之さんが行ってしまうと、急に部屋の中が寂しくなった。
 男の俺なんか一緒にいてもしょうがないとか言っていたけど、僕は一緒にいて欲しかった。一緒に居たからって何するわけでもないのは頭じゃ理解ってるけど、僕たちを置いて行ってしまうのは釈然としなかった。この気持ちは自分でも良くわからない。以前だったら姉さんと一緒にいられるだけで浮かれていたのに、今は胸にぽっかり穴が開いたようだ。(つづく)

『ソプラノ~僕が天使になるまで~』第1話

2011年06月11日00:46
『オレオレ!?』の本文作業が終わったので今回から新シリーズの連載です。
 不定期になりますが宜しくお願いします。
 初稿なので書き直すかもしれません。

 進路相談

「河合君は素晴らしい音感と声をしているから、声楽の方面に進む気はない?」
 がらんとした教室の真ん中で、担任の鈴木先生が僕に言った。先生とお母さんが話をしている間、退屈で下を向いていた僕は、急に話を振られて顔を上げた。先生が普段はしないような笑顔で僕を見ている。
 鈴木先生の顔をまじまじと見てしまった。先生はいつもよりおしゃれをしているつもりなのか、化粧もちょっと濃い。唇なんて真っ赤だ。面接だからってそんなにオシャレすることはないのに。
「ええっと……」
 何の話をしているのか聞いていなかったのでぽかんとしていると、先生はそのまま続けた。
「もしあなたにその気があるなら、音楽の戸波先生が推薦してくれるそうよ。私立なんだけど、音楽科があるの。河合君の成績だったら無試験で特待生として推薦入学できるそうよ。特待生は学費が安くなるし」
「試験を受けなくても特待生になれるんですって。優ちゃん、どうする?」
 お母さんが僕のほうを向いて嬉しそうに言った。うちは母子家庭だから学費が安くなるのは助かる。何より試験を受けなくてもいいのは僕が助かる。
「……ちょっと行ってみてもいいかも」
「よかったわ。戸波先生に相談してみるわね。この中にパンフレットが入っているから一応目を通しておいてね」
 先生が茶色い紙袋を取り出してお母さんに手渡した。袋には太い文字で『聖叙院学園』と書いてある。なんて読むんだろう。
 面接が終わった。
 二人で先生に「ありがとうございました」と頭を下げて教室から出た。
 今日の面接は僕達で最後だった。廊下には誰もいない。お母さんの仕事の都合で一番最後の時間ににしてもらったんだ。もう夕暮れで廊下に西日が射して、校舎はオレンジ色に燃えている。
「さあ早く帰ってお夕食にしましょう。一緒にご飯を食べるの久しぶりね」
 お母さんがそう言って、廊下を歩きながら僕の手を握ろうとした。
「ちょっとやめてよ。恥ずかしいよ」
「あら、久しぶりだからいいじゃない。前は手をつないでくれたのに」
「僕はもう大人だよ」
「いくつになっても優ちゃんは優ちゃんよ」
「その呼び方もやめてよ。女の子みたいじゃないか」
 お母さんと一緒にいるところを誰かに見られたら恥ずかしいから、玄関までなるべく離れて歩くようにした。先生もそうだけど、なんで女の人って学校の面接くらいでおしゃれしてくるんだろう。見ているだけで恥ずかしい。
 玄関で靴を履き替える。
「帰りはどうするの? 車で一緒に帰る?」
 家から持ってきたスリッパをバッグにしまいながらお母さんが言った。
「いいよ。自転車あるし、先に帰る」
「そう? 車だからお母さんのほうが先に着いちゃうからね」
 自転車に乗って駐輪場から出ると、校門のところでお母さんの車が追い抜いていった。ウインカーを点滅させて僕に合図してら。
 はいはい、わかりました。先に行っててよ。(つづく)

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』番外編(5)

2011年06月04日21:18
 運動会(5)
「そうだ、お母さん。後でびっくりすることがあるからね」
 真紀が恥ずかしそうに微笑んでいった。
「あら、なぁに? 教えて」
「いいこと! ねー?」
「ねー」
 真紀と沙希ちゃんが顔を見合わせて言った。
「うん! えっとね、真紀ちゃんがね」
「あーん、もう、まだ言っちゃダメだってばぁ!」
 言いそうになったかづきちゃんに抱きついて止めた。
「あっ、ごめん。ないしょだったの」
 かづきちゃんが両手で口を押さえて真紀に謝った。
「じゃあ、お母さんまあ後でね! もう、かづきちゃんのおしゃべり」
 真紀たちが校舎に向かって元気に駆けて行った。
 午後の競技が始まった。ここからは高学年の出番が増えるみたい。
 今のところ綱引きの結果で僅差で白組が優勢だけど、まだどっちに転ぶかわからない。
 真紀の学年のリレーが始まる。リレーはクラス対抗でもあるようだ。赤白帽子を被った生徒たちがゲートを通って入場してきた。真紀も女の子と一緒に選手の中にいる。男の子の頃から運動神経がいいほうじゃなかったけれど、脚は速かったものね。
 トラックに第一走者の男女が四列交互にならんだ。あとの走者が体育すわりして待っている。真紀は後ろから二番目のようだ。勝負が決まってしまう重要なポジションだ。私も自分のことのように緊張する。
 忙しい音楽が鳴り出した。エリアーデの『肉体からの解放』だ。号砲が鳴らされて選手が走り出した。後続の走者がバトンを受け取るためコースに入ってリードを取る。バトンを持った生徒達が全力疾走で目の前を駆け抜けて行く。高学年ともなると競技らしくなってくる。結構本格的だ。会場の親御さんも盛り上がってきた。あっという間に真紀の番になってしまった。真紀が立ち上がって
トラックに入った。真紀のチームは、今のところ二番手だ。先頭を走る男子がバトンを受け取って駆け抜けていった。続いて真紀がリードをとって、バトンを受け取った。カメラを構えた。
「ほら、真紀ちゃんが来るわ! 頑張って!」
 真奈美さんが興奮して私の肩を揺らした。
「え、ええ」ちょっと、カメラが……。
 真紀がバトンを受け取って走り出した! でも何だか動きがぎこちない。そうか、胸とお尻が大きくなって走りにくいんだわ。走り方がまるっきり女の子になってる。必死な真紀が走ってきた。目の前を駆け抜けて行く。連続してシャッターを切った。
 真紀が一生懸命先を走る男子を追いかけて行く。だんだん差が縮んで行く。競った状態でバトンを渡した。焦った男子がバトンを落とした。その隙に真紀のチームのアンカーが一番手になった。バトンを拾った男子チームが必死で追いかけて行くけれど、差は縮まらずそのままテープを切ってゴールイン! 赤組が一位、二位だ。女の子たちが笑顔で健闘を称えあっている。その輪の中に真紀がいる。
 午後の競技の結果で赤組が優勢になった。このままいけば赤組の勝ちだわ。
 最後の競技、男女混合騎馬戦が始まる。いよいよ決戦だ。東西のゲートから生徒が入場してきた。男子と女子がそれぞれ四人組で騎馬をつくる。いつもの仲良しグループが馬を作っている。真紀は騎手役らしい。目立つけれど、怪我をしないか心配。
「あら、みんな一緒だわ。私達のチームみたいなものね」
 かづきちゃんのお母さんがオペラグラスで覗きながら言った。
「私達もしっかり応援しましょう」
 真奈美さんがうなづいて言った。真紀が騎手だなんてなんだか責任重大……。
 東西に紅白の騎馬が一列に並んだ。文字通り『雌雄を決する』戦いだ。
 号砲が鳴らされた。戦いが始まった。男子の騎馬がすごい勢いで突っ込んでくる。女子の騎馬は二組になって、単騎で突っ込んできた騎馬を囲むようにして動いていく。赤組の騎馬を追いかけて帽子を取ろうとする白組の騎馬に、ペアになった赤組の騎馬が回り込んで帽子を取っていく。突っ込んできた白組の騎馬が脱落して赤組のほうが多くなった時点で、ほとんど勝負は決まってしまった。仲間から離れずに必ずペアで挑んで行く女子の作戦勝ちだ。
 終了の号砲が鳴った。東西のラインに引き返して行く。白組の男子はほとんど帽子がなくなってしまった。静まり返った中で先生の合図で両軍が奪った帽子を投げて行く。八対二で紅組の圧勝だ。運動会の勝負も決まった。紅組の勝ちだ。紅組から歓声が上がって、会場から拍手が起こった。
「やったわ、私達の勝ちよ!」
 お母さんズも興奮して抱き合った。こんなに楽しい運動会初めてだわ。
 全ての競技が終り、運動会の最後を飾る高学年全員参加によるマーチングが始まる。校庭のあちこちに分かれて生徒が整列している。校内放送でアナウンスされると、ざわついていた会場が静かになった。ドラムの音が聞こえてきた。続いて管楽器の演奏が始まった。
 東西のゲートから生徒達が行進して入ってくる。先頭の旗を持っている女の子は、赤いミニスカートのコスチュームを着ている。
「あっ!」
「まあ、可愛いわね」
 先頭の女の子は真紀だった。可愛らしいミニスカートのコスチュームを着た真紀と沙希ちゃんが旗を持ち、鼓笛隊の先頭に立って女子の列を率いている。縦笛を吹いた生徒が整然と行進して行く。真紀のすらっとした脚にプリーツスカートがよく似合っている。
 真紀と沙希ちゃんの率いる生徒の列が整然と行進して校庭を半周して交差する。真紀が私の目の前を通る。真紀が私にウィンクした。真紀が言っていた『びっくりすること』ってきっとこれだわ。見とれてうっかり撮るのを忘れていた。あわててシャッターを押した。
「やだ、沙希も真紀ちゃんも二人とも可愛いわ。ほら見て。今度は沙希がこっち来るわ」
 真奈美さんが見つめながら言った。
「いや本当に可愛いですねぇ。今日は見に来てよかった」
 かづきちゃんのお父さんが身を乗り出して目を凝らしている。
「あなたったら、何鼻の下伸ばしてるのよ」
 かづきちゃんの母さんが汚いものを見るような目で言った。
 本当に今日は来てよかったわ。こんなに楽しそうにしている真紀が見られるなんて。私の決断は間違ってなかった。
 折角の真紀の晴れ姿なのに、私の目は涙でよく見えなくなってしまった。でもいいわ。あとで写真ができるから。私、写真なんて好きじゃなかったけど、これからは一杯撮ってあげる。やっと本当の真紀の笑顔が映るようになったんだものね。
 あなたのゴールはもうすぐよ。そしたらもう一度始まるの。そこが新しい女の子としてのスタートラインなんだから。(運動会編・終)

※この番外編は、本編の13話と14話の間に入るエピソードです。

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』番外編(4)

2011年05月31日16:59
運動会(4)
 午前のプログラムが終わって、昼食タイムになった。校内放送でクララ・エリアーデのクラシック曲が流れ始めた。日差しが強くなってきたのでかづきちゃんのお父さんが日傘を出してくれた。トラック野周りではあちこちでランチが始まっている。
「さあ、皆さんの分も作ってきましたから、どうぞ召し上がってください」
 持ってきた三段重ねのお弁当箱を開けた。玉子焼きにから揚げ、一口ハンバーグ、それからポテトサラダ。全部手作りだ。持ってきた小皿と割り箸を配る。
「うわぁ、すごーい。本当に作ってきてくれたんですかぁ。すみません、本当に」
 かづきちゃんのお母さんが感嘆の声を上げた。
「私、こういうの出来ないんですよね。今日はすっかり当てにしておにぎりしか作ってこなかったんですよ」
 真奈美さんがおにぎりだけのお弁当箱を出して決まり悪そうに言った。
「本当に真紀ちゃんがうらやましいですよ。お前も少しは見習わないとな」
 沙希ちゃんのお父さんがお弁当箱に箸を伸ばしながら真奈美さんに言った。真奈美さんがむすっとした。
「私だけじゃなくて、今日は真紀にも手伝ってもらったんですよ」
「へえ、お母さんに似て女の子らしいんですねぇ」
 かづきちゃんのお父さんは、持ってきたサンドイッチに手をつけずに私のお弁当ばかり食べている。男の人はこういう手作り料理が大好きなのよね。
「おかさぁーん」
「ママぁー」 
 真紀が元気に校庭を駆けてきた。沙希ちゃん、かづきちゃんも一緒だ。みんなおそろいの体操着にブルマ姿だ。
「転んじゃって大丈夫?」
「あれくらい平気よ」
 真紀が胸を張って言った。さっきは悔し泣きしていたけど、もう大丈夫みたいね。
 三人が靴を脱いで家族のシートの上に上がりこんだ。
「ねえ、ママ、真紀ちゃんのお弁当すごかったのよ。真紀ちゃんが自分で作ったんだって」
 沙希ちゃんが真奈美さんの隣に座って言った。
「あらそう、いま私達も食べてるのよ」
 真奈美さんがから揚げを食べながら言った。
「ねえママ、私もお弁当作りたかったぁ」
 沙希ちゃんが不満そうな顔でほっぺを膨らませている。クラスで一番女の子らしい沙希ちゃんだから、真紀に対抗心を燃やしてるのかしら。
「何言ってるのよ、ぎりぎりまで寝てたじゃないの」
「起こしてくれればよかったのにー。ねえ、いいでしょう? ママのお手伝いしたいー」
「まあ急に女の子らしくなっちゃってどうしたのよ。今度何かあったらね」
 真奈美さんが苦笑してる。運動会で女の子らしさの競争も始まっちゃのね。
「そうだ、毎日パパのお弁当を作ってくれればいいじゃないか」
 沙希ちゃんのお父さんが嬉しそうに言った。
「何で私がパパのまで作らなきゃいけないの? 自分で作ればいいじゃない」
 沙希ちゃんは訳がわからないといった顔できょとんとしている。
「沙希、お前なあ……」
 悪意のない言葉にお父さんは傷ついたようだった。真奈美さんがクスクスと笑っている。
 沙希ちゃんとかづきちゃんが私のお弁当をじっと見ている。
「あ、みんなも良かったら食べて。私一人じゃ多すぎるから。お皿もお箸もあるわよ」
「いいの? いただきまーす」
 二人が大喜びで私のお弁当に飛びついた。
「美味しい。真紀ちゃんってお料理上手なのね」
 かづきちゃんがハンバーグをほおばりながら言った。真紀が私に抱きついてきた。何かを訴えるような目で見てる。わかってるわ、きっと自分ひとりで作ったことになっちゃったんでしょ。余計な事いったりしないから大丈夫よ。真紀にウインクした。
「みんな一杯たべて力をつけて。白組に負けないでね!」
「うん、男子なんかには負けないわ!」
 三人が拳を握り締めて気合を入れた。
「そうだそうだ、男なんかに負けるな!」 
 周りで聞いていたお母さん達が手を叩いて応援した。
「これ以上力つけられたら、僕達どうなっちゃうんでしょうね」
「いや、全くですよ」
 盛り上がっている女性陣の後ろで、お父さん達がスポーツドリンクを片手にシートの端で背中を丸めていた。なんだか私のもうひとつの人生を見ているみたいだわ。二人には悪いけれど、改めて女性の側にこられて良かったと思う。私も、真紀も。(つづく)

※クララ・エリアーデ……19世紀ロマン派の女性作曲家。男性だったという説もある。という設定の私の架空の音楽家です。『ソプラノ』にも出てきます。

『チェンジリング』第13話

2011年05月22日15:38
第13話 革命の時

 ようやく、僕のお尻から器具が取り除かれた。自動的に脚が閉じられて、ゆっくりと椅子ごと身体が起こされていく。スカートでなかったらお腹が完全に冷えて、浣腸なしでも腹痛になったかもしれない。
 ロボットの操縦席のような手術台から解放された僕は、まるで宇宙から帰ってきた宇宙飛行士のようだ。お尻が痛いのはもちろんだけど、腹筋と脚がつりそうで脚がふらついて、立っているのもつらい。
「大丈夫、悠里」
 見かねた姉さんが僕の手を取って支えてくれた。椅子に腰掛けて姉さんにショーツとガードルを穿かせてもらう。情けないけれど、自分ではどうにもならないのだから仕方ない。膝まで穿かせてもらって立ち上がり、腰までずり上げた。女性用のショーツを穿いても股間に違和感を感じなくなってきた。姉さんが足元にサンダルを置いてくれた。ふらつく足元にヒールのついたサンダルは辛い。僕は姉さんにエスコートされるようにしてふらふらと診察室に戻った。
 診察室に精液の採取を終えた孝之さんが帰ってきた。
「やあ。こっちも一仕事終えてきたよ」
 孝之さんは決まり悪そうに笑っていた。一仕事といっても、あなたはオナニーしてきただけでしょ。男ってホントに気楽だ。僕のキンタマは女性の卵巣に変わってしまった。僕はもう男じゃないかもしれない。今、孝之さんが出してきた精液が僕の体の中に入れられるのか。
「それでは今後のことについて説明を……」
「待ってください」
 説明を始めようとした赤木先生を、姉さんがさえぎった。
「私やめようと思うんです。やっぱり悠里に負担が大きすぎるんじゃないかって」
 姉さんは真面目な表情で先生に言った。スカートの上で握り締めている手は震えている。
「香里さん、いきなりどうされたんです?」
「そうだ、ここまで来てどうしたんだ。いきなりやめるなんて悠里君だって困るだろう」
 先生と孝之さんがあわてて姉さんを問いただした。姉さんが僕の顔を見た。
「さっきの苦しそうな悠里を見ていたら、やっぱり私のわがままでこんな目にあわせていいのかって疑問に思ったの。いまさらかもしれないけど、私のせいで悠里が苦しい思いをするなんて間違っているかもしれないって」
 僕を見つめる姉さんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。ドキッとした。
「香里さん……」
「香里……」
 先生も孝之さんも姉さんに書ける言葉が見つからないのか、黙って泣いている姉さんを見ているだけだった。重苦しい空気が流れ出す。
「ごめんね、私が弱いばっかりに辛い思いをさせて。これからあなたはもっと辛い目にあうかもしれない。いまならまだ引き返せるわ。嫌だったら嫌だって言っていいのよ」
 姉さんは涙を拭いて、寂しげに微笑んで言った。自分の願いを諦める時に笑顔を向ける、その優しさに胸が痛んだ。
 さっき僕が苦し紛れで言った言葉を思い出した。苦しいんだったらもうやめたい。そんなようなことを言ったような気がする。
 あれはただ苦しいことから早く解放されたくてやけくそで言っただけなんだ。今はもうそんなことは思っていない。僕はすぐにくじけて弱音を吐く。すぐ人のせいにする。姉さんは弱くなんてない。弱いのは僕の心のほうだ。
 先生の後ろに、僕をしかりつけた年配の看護婦さんが僕を見つめている。
「僕はやるよ。これは母親になる女性なら通る道なんだ。出産は辛い。でも産むことが出来ない女性はもっと辛い。僕は姉さんだけじゃなく、そうした女性を助けられるんだ。確かにこれまでは覚悟が足りなかったかもしれない。でも今は違うよ。僕はもう妊娠できる身体なんだもん。もう男だからって知らん振りできないよ」
 僕は姉さんに負けないように笑顔を作って言った。自分で言った言葉から、何だか勇気がわいてくるような気がした。
「悠里。いいのね。私のわがままを許してくれるのね」
「許すことなんて何もないよ。これは僕が選んで決めたことだから、自分を責めないで。これからも僕は弱音を吐くかもしれないけど、そのときは叱って励ましてよ。僕、姉さんみたいに強くなりたい」
「悠里……ありがとう。でもこんな泣き虫よ、私」
 僕と姉さんはおでこをくっつけて泣いた。ふと、周りを見回すとその場に居る人が皆泣いていた。僕を叱った看護婦さんもだ。
「悠里君、君は男だな」
 孝之さんが目元を押さえて言った。前にも言われた気がする。
 今日の僕は女性そのものの格好で、睾丸は姉さんと同じ卵巣になってしまったけれど、産む覚悟が出来た今のほうが本当の意味で「男らしくなった」ような気がする。
「ん? ってことは、妊婦さんはみんな男らしいってこと?」
 僕は思ったことを口にした。少し間があって、僕が言った意味がわかったのかみんな吹き出した。
「これから生まれてくることになる三人のお子さんは、きっと幸せだと思います」
 涙を拭いた先生が笑いながら言った。三人の子供か。
 和んだ空気の中で、今後の説明が始まった。
 今日、精子と受精卵の選別が行われて、僕は予定通りこのまま入院する。姉さんも一緒だ。
 ――明日、僕の人工子宮移植手術が行われる。(つづく)
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