第14話 童貞受胎(1)
検査と説明を終えた僕たちは、看護婦さんに案内されて病室へ向かった。今日から僕と姉さんは病院で二晩泊まることになる。
第二診察室を出る時、僕が荷物を持とうとすると、孝之さんが「いいよ、俺が持つから」と言って持ってくれた。僕が頼りなく見えたからだろうけど、まるでお姫様みたいで、その……ちょっと嬉しかった。
エレベーターのドアが開くと、ロビーのようになっていて、女の人が二人ソファーに腰掛けていた。妊婦さんだろうか。それともご家族かな。他人の目を意識して自分がどんな格好をしているのかを思い出した。こんなところを姉さんの服を着て歩くなんて何だか恥ずかしいな。他の女の人たちはどう思うんだろう。先生は代理出産をよく思わない人もいるだろうって言ってたけど、まして男なんて反応が想像できない。なるべく目立たないようにしよう。女性に見えるよう、蟹股になったりしないように気をつけて、うつむき加減で看護婦さんの後ろを歩いた。
案内された病室は二階の端っこの201号室だ。
病室の中はピンク色の壁にピンク色のカーテン、ピンク色のベッド。何もかも全部ピンクだ。ラブホテルってこんな感じだろうか。行った事ないけど。
案内してくれた看護婦さんは、姉さんに入院手続きの説明をすると、何か用があったら呼んでくださいと言って帰っていった。僕たちはお辞儀して見送った。僕たち三人は病室に取り残されてただ立っていた。これから手術のときまで何してればいいんだろう。
「悠里、身体大丈夫? そこ座ったら」
「うん」
姉さんに促されてソファーに腰掛けた。これもピンクか。視界に入るもの全部ピンク色。そういえば廊下もピンクだったな。先生の趣味だろうか。なんだかほんわかした気分になってくる。
「机もあるわね。勉強できるわよ」
姉さんがスタンド付きの机を指差して笑った。
「……今日くらい勘弁してよ」
「冗談、冗談。ちょっと一息つきましょ。もうお昼だけど、何か食べる?」
姉さんが持ってきたバッグを椅子の上に置いて中を探っている。
荷物を下ろした孝之さんが時計をちらちら見ている。
「もう電車の時間なの?」
姉さんが手を止めて言った。
「あ、ああ。もう行かなきゃならない」
孝之さんはそう言って溜息をついた。
「ううん、会社が大変な時期なのは私が一番よくわかってるから。私のほうこそごめんなさい。悠里には私がついているから。母さんも来るって言ってたわ」
「こっちは俺のほうで何とかするよ。大変たって悠里君に比べりゃどうってことはない。食事くらいできると思ってたんだが、すまない。まあ、男の俺なんかより悠里君にはお前と一緒のほうがいいか」
孝之さんは自嘲気味に言った。孝之さんは、僕が姉さんをただ姉弟として以上に好きなことを知ってるみたいだ。
脱いでいたジャケットを着ようとした孝之さんに姉さんが駆け寄って、後ろから着せてあげている。僕の想像する理想の夫婦そのものだ。いつも出勤前とか会社ではこんな感じなんだろうか。
体格のいい孝之さんにはスーツ姿が良く似合う。僕も今朝、姉さんに服を着せてもらったけど、この女物のカーディガンじゃあな。同じようなことをしてもらっても同じようにはならないだろうな。僕は着せ替え人形みたいだったもん。
「じゃあ、後は頼んだよ。何かあったら呼んでくれ」
孝之さんはそう言って二本指で敬礼するようにして病室を後にした。僕は姉さんがドアのところまで見送るのを黙って見ていた。
孝之さんが行ってしまうと、急に部屋の中が寂しくなった。
男の俺なんか一緒にいてもしょうがないとか言っていたけど、僕は一緒にいて欲しかった。一緒に居たからって何するわけでもないのは頭じゃ理解ってるけど、僕たちを置いて行ってしまうのは釈然としなかった。この気持ちは自分でも良くわからない。以前だったら姉さんと一緒にいられるだけで浮かれていたのに、今は胸にぽっかり穴が開いたようだ。(つづく)
検査と説明を終えた僕たちは、看護婦さんに案内されて病室へ向かった。今日から僕と姉さんは病院で二晩泊まることになる。
第二診察室を出る時、僕が荷物を持とうとすると、孝之さんが「いいよ、俺が持つから」と言って持ってくれた。僕が頼りなく見えたからだろうけど、まるでお姫様みたいで、その……ちょっと嬉しかった。
エレベーターのドアが開くと、ロビーのようになっていて、女の人が二人ソファーに腰掛けていた。妊婦さんだろうか。それともご家族かな。他人の目を意識して自分がどんな格好をしているのかを思い出した。こんなところを姉さんの服を着て歩くなんて何だか恥ずかしいな。他の女の人たちはどう思うんだろう。先生は代理出産をよく思わない人もいるだろうって言ってたけど、まして男なんて反応が想像できない。なるべく目立たないようにしよう。女性に見えるよう、蟹股になったりしないように気をつけて、うつむき加減で看護婦さんの後ろを歩いた。
案内された病室は二階の端っこの201号室だ。
病室の中はピンク色の壁にピンク色のカーテン、ピンク色のベッド。何もかも全部ピンクだ。ラブホテルってこんな感じだろうか。行った事ないけど。
案内してくれた看護婦さんは、姉さんに入院手続きの説明をすると、何か用があったら呼んでくださいと言って帰っていった。僕たちはお辞儀して見送った。僕たち三人は病室に取り残されてただ立っていた。これから手術のときまで何してればいいんだろう。
「悠里、身体大丈夫? そこ座ったら」
「うん」
姉さんに促されてソファーに腰掛けた。これもピンクか。視界に入るもの全部ピンク色。そういえば廊下もピンクだったな。先生の趣味だろうか。なんだかほんわかした気分になってくる。
「机もあるわね。勉強できるわよ」
姉さんがスタンド付きの机を指差して笑った。
「……今日くらい勘弁してよ」
「冗談、冗談。ちょっと一息つきましょ。もうお昼だけど、何か食べる?」
姉さんが持ってきたバッグを椅子の上に置いて中を探っている。
荷物を下ろした孝之さんが時計をちらちら見ている。
「もう電車の時間なの?」
姉さんが手を止めて言った。
「あ、ああ。もう行かなきゃならない」
孝之さんはそう言って溜息をついた。
「ううん、会社が大変な時期なのは私が一番よくわかってるから。私のほうこそごめんなさい。悠里には私がついているから。母さんも来るって言ってたわ」
「こっちは俺のほうで何とかするよ。大変たって悠里君に比べりゃどうってことはない。食事くらいできると思ってたんだが、すまない。まあ、男の俺なんかより悠里君にはお前と一緒のほうがいいか」
孝之さんは自嘲気味に言った。孝之さんは、僕が姉さんをただ姉弟として以上に好きなことを知ってるみたいだ。
脱いでいたジャケットを着ようとした孝之さんに姉さんが駆け寄って、後ろから着せてあげている。僕の想像する理想の夫婦そのものだ。いつも出勤前とか会社ではこんな感じなんだろうか。
体格のいい孝之さんにはスーツ姿が良く似合う。僕も今朝、姉さんに服を着せてもらったけど、この女物のカーディガンじゃあな。同じようなことをしてもらっても同じようにはならないだろうな。僕は着せ替え人形みたいだったもん。
「じゃあ、後は頼んだよ。何かあったら呼んでくれ」
孝之さんはそう言って二本指で敬礼するようにして病室を後にした。僕は姉さんがドアのところまで見送るのを黙って見ていた。
孝之さんが行ってしまうと、急に部屋の中が寂しくなった。
男の俺なんか一緒にいてもしょうがないとか言っていたけど、僕は一緒にいて欲しかった。一緒に居たからって何するわけでもないのは頭じゃ理解ってるけど、僕たちを置いて行ってしまうのは釈然としなかった。この気持ちは自分でも良くわからない。以前だったら姉さんと一緒にいられるだけで浮かれていたのに、今は胸にぽっかり穴が開いたようだ。(つづく)