近親

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』番外編(5)

2011年06月04日21:18
 運動会(5)
「そうだ、お母さん。後でびっくりすることがあるからね」
 真紀が恥ずかしそうに微笑んでいった。
「あら、なぁに? 教えて」
「いいこと! ねー?」
「ねー」
 真紀と沙希ちゃんが顔を見合わせて言った。
「うん! えっとね、真紀ちゃんがね」
「あーん、もう、まだ言っちゃダメだってばぁ!」
 言いそうになったかづきちゃんに抱きついて止めた。
「あっ、ごめん。ないしょだったの」
 かづきちゃんが両手で口を押さえて真紀に謝った。
「じゃあ、お母さんまあ後でね! もう、かづきちゃんのおしゃべり」
 真紀たちが校舎に向かって元気に駆けて行った。
 午後の競技が始まった。ここからは高学年の出番が増えるみたい。
 今のところ綱引きの結果で僅差で白組が優勢だけど、まだどっちに転ぶかわからない。
 真紀の学年のリレーが始まる。リレーはクラス対抗でもあるようだ。赤白帽子を被った生徒たちがゲートを通って入場してきた。真紀も女の子と一緒に選手の中にいる。男の子の頃から運動神経がいいほうじゃなかったけれど、脚は速かったものね。
 トラックに第一走者の男女が四列交互にならんだ。あとの走者が体育すわりして待っている。真紀は後ろから二番目のようだ。勝負が決まってしまう重要なポジションだ。私も自分のことのように緊張する。
 忙しい音楽が鳴り出した。エリアーデの『肉体からの解放』だ。号砲が鳴らされて選手が走り出した。後続の走者がバトンを受け取るためコースに入ってリードを取る。バトンを持った生徒達が全力疾走で目の前を駆け抜けて行く。高学年ともなると競技らしくなってくる。結構本格的だ。会場の親御さんも盛り上がってきた。あっという間に真紀の番になってしまった。真紀が立ち上がって
トラックに入った。真紀のチームは、今のところ二番手だ。先頭を走る男子がバトンを受け取って駆け抜けていった。続いて真紀がリードをとって、バトンを受け取った。カメラを構えた。
「ほら、真紀ちゃんが来るわ! 頑張って!」
 真奈美さんが興奮して私の肩を揺らした。
「え、ええ」ちょっと、カメラが……。
 真紀がバトンを受け取って走り出した! でも何だか動きがぎこちない。そうか、胸とお尻が大きくなって走りにくいんだわ。走り方がまるっきり女の子になってる。必死な真紀が走ってきた。目の前を駆け抜けて行く。連続してシャッターを切った。
 真紀が一生懸命先を走る男子を追いかけて行く。だんだん差が縮んで行く。競った状態でバトンを渡した。焦った男子がバトンを落とした。その隙に真紀のチームのアンカーが一番手になった。バトンを拾った男子チームが必死で追いかけて行くけれど、差は縮まらずそのままテープを切ってゴールイン! 赤組が一位、二位だ。女の子たちが笑顔で健闘を称えあっている。その輪の中に真紀がいる。
 午後の競技の結果で赤組が優勢になった。このままいけば赤組の勝ちだわ。
 最後の競技、男女混合騎馬戦が始まる。いよいよ決戦だ。東西のゲートから生徒が入場してきた。男子と女子がそれぞれ四人組で騎馬をつくる。いつもの仲良しグループが馬を作っている。真紀は騎手役らしい。目立つけれど、怪我をしないか心配。
「あら、みんな一緒だわ。私達のチームみたいなものね」
 かづきちゃんのお母さんがオペラグラスで覗きながら言った。
「私達もしっかり応援しましょう」
 真奈美さんがうなづいて言った。真紀が騎手だなんてなんだか責任重大……。
 東西に紅白の騎馬が一列に並んだ。文字通り『雌雄を決する』戦いだ。
 号砲が鳴らされた。戦いが始まった。男子の騎馬がすごい勢いで突っ込んでくる。女子の騎馬は二組になって、単騎で突っ込んできた騎馬を囲むようにして動いていく。赤組の騎馬を追いかけて帽子を取ろうとする白組の騎馬に、ペアになった赤組の騎馬が回り込んで帽子を取っていく。突っ込んできた白組の騎馬が脱落して赤組のほうが多くなった時点で、ほとんど勝負は決まってしまった。仲間から離れずに必ずペアで挑んで行く女子の作戦勝ちだ。
 終了の号砲が鳴った。東西のラインに引き返して行く。白組の男子はほとんど帽子がなくなってしまった。静まり返った中で先生の合図で両軍が奪った帽子を投げて行く。八対二で紅組の圧勝だ。運動会の勝負も決まった。紅組の勝ちだ。紅組から歓声が上がって、会場から拍手が起こった。
「やったわ、私達の勝ちよ!」
 お母さんズも興奮して抱き合った。こんなに楽しい運動会初めてだわ。
 全ての競技が終り、運動会の最後を飾る高学年全員参加によるマーチングが始まる。校庭のあちこちに分かれて生徒が整列している。校内放送でアナウンスされると、ざわついていた会場が静かになった。ドラムの音が聞こえてきた。続いて管楽器の演奏が始まった。
 東西のゲートから生徒達が行進して入ってくる。先頭の旗を持っている女の子は、赤いミニスカートのコスチュームを着ている。
「あっ!」
「まあ、可愛いわね」
 先頭の女の子は真紀だった。可愛らしいミニスカートのコスチュームを着た真紀と沙希ちゃんが旗を持ち、鼓笛隊の先頭に立って女子の列を率いている。縦笛を吹いた生徒が整然と行進して行く。真紀のすらっとした脚にプリーツスカートがよく似合っている。
 真紀と沙希ちゃんの率いる生徒の列が整然と行進して校庭を半周して交差する。真紀が私の目の前を通る。真紀が私にウィンクした。真紀が言っていた『びっくりすること』ってきっとこれだわ。見とれてうっかり撮るのを忘れていた。あわててシャッターを押した。
「やだ、沙希も真紀ちゃんも二人とも可愛いわ。ほら見て。今度は沙希がこっち来るわ」
 真奈美さんが見つめながら言った。
「いや本当に可愛いですねぇ。今日は見に来てよかった」
 かづきちゃんのお父さんが身を乗り出して目を凝らしている。
「あなたったら、何鼻の下伸ばしてるのよ」
 かづきちゃんの母さんが汚いものを見るような目で言った。
 本当に今日は来てよかったわ。こんなに楽しそうにしている真紀が見られるなんて。私の決断は間違ってなかった。
 折角の真紀の晴れ姿なのに、私の目は涙でよく見えなくなってしまった。でもいいわ。あとで写真ができるから。私、写真なんて好きじゃなかったけど、これからは一杯撮ってあげる。やっと本当の真紀の笑顔が映るようになったんだものね。
 あなたのゴールはもうすぐよ。そしたらもう一度始まるの。そこが新しい女の子としてのスタートラインなんだから。(運動会編・終)

※この番外編は、本編の13話と14話の間に入るエピソードです。

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』

『ママと一緒~女の子になりたい男の子~』番外編(4)

2011年05月31日16:59
運動会(4)
 午前のプログラムが終わって、昼食タイムになった。校内放送でクララ・エリアーデのクラシック曲が流れ始めた。日差しが強くなってきたのでかづきちゃんのお父さんが日傘を出してくれた。トラック野周りではあちこちでランチが始まっている。
「さあ、皆さんの分も作ってきましたから、どうぞ召し上がってください」
 持ってきた三段重ねのお弁当箱を開けた。玉子焼きにから揚げ、一口ハンバーグ、それからポテトサラダ。全部手作りだ。持ってきた小皿と割り箸を配る。
「うわぁ、すごーい。本当に作ってきてくれたんですかぁ。すみません、本当に」
 かづきちゃんのお母さんが感嘆の声を上げた。
「私、こういうの出来ないんですよね。今日はすっかり当てにしておにぎりしか作ってこなかったんですよ」
 真奈美さんがおにぎりだけのお弁当箱を出して決まり悪そうに言った。
「本当に真紀ちゃんがうらやましいですよ。お前も少しは見習わないとな」
 沙希ちゃんのお父さんがお弁当箱に箸を伸ばしながら真奈美さんに言った。真奈美さんがむすっとした。
「私だけじゃなくて、今日は真紀にも手伝ってもらったんですよ」
「へえ、お母さんに似て女の子らしいんですねぇ」
 かづきちゃんのお父さんは、持ってきたサンドイッチに手をつけずに私のお弁当ばかり食べている。男の人はこういう手作り料理が大好きなのよね。
「おかさぁーん」
「ママぁー」 
 真紀が元気に校庭を駆けてきた。沙希ちゃん、かづきちゃんも一緒だ。みんなおそろいの体操着にブルマ姿だ。
「転んじゃって大丈夫?」
「あれくらい平気よ」
 真紀が胸を張って言った。さっきは悔し泣きしていたけど、もう大丈夫みたいね。
 三人が靴を脱いで家族のシートの上に上がりこんだ。
「ねえ、ママ、真紀ちゃんのお弁当すごかったのよ。真紀ちゃんが自分で作ったんだって」
 沙希ちゃんが真奈美さんの隣に座って言った。
「あらそう、いま私達も食べてるのよ」
 真奈美さんがから揚げを食べながら言った。
「ねえママ、私もお弁当作りたかったぁ」
 沙希ちゃんが不満そうな顔でほっぺを膨らませている。クラスで一番女の子らしい沙希ちゃんだから、真紀に対抗心を燃やしてるのかしら。
「何言ってるのよ、ぎりぎりまで寝てたじゃないの」
「起こしてくれればよかったのにー。ねえ、いいでしょう? ママのお手伝いしたいー」
「まあ急に女の子らしくなっちゃってどうしたのよ。今度何かあったらね」
 真奈美さんが苦笑してる。運動会で女の子らしさの競争も始まっちゃのね。
「そうだ、毎日パパのお弁当を作ってくれればいいじゃないか」
 沙希ちゃんのお父さんが嬉しそうに言った。
「何で私がパパのまで作らなきゃいけないの? 自分で作ればいいじゃない」
 沙希ちゃんは訳がわからないといった顔できょとんとしている。
「沙希、お前なあ……」
 悪意のない言葉にお父さんは傷ついたようだった。真奈美さんがクスクスと笑っている。
 沙希ちゃんとかづきちゃんが私のお弁当をじっと見ている。
「あ、みんなも良かったら食べて。私一人じゃ多すぎるから。お皿もお箸もあるわよ」
「いいの? いただきまーす」
 二人が大喜びで私のお弁当に飛びついた。
「美味しい。真紀ちゃんってお料理上手なのね」
 かづきちゃんがハンバーグをほおばりながら言った。真紀が私に抱きついてきた。何かを訴えるような目で見てる。わかってるわ、きっと自分ひとりで作ったことになっちゃったんでしょ。余計な事いったりしないから大丈夫よ。真紀にウインクした。
「みんな一杯たべて力をつけて。白組に負けないでね!」
「うん、男子なんかには負けないわ!」
 三人が拳を握り締めて気合を入れた。
「そうだそうだ、男なんかに負けるな!」 
 周りで聞いていたお母さん達が手を叩いて応援した。
「これ以上力つけられたら、僕達どうなっちゃうんでしょうね」
「いや、全くですよ」
 盛り上がっている女性陣の後ろで、お父さん達がスポーツドリンクを片手にシートの端で背中を丸めていた。なんだか私のもうひとつの人生を見ているみたいだわ。二人には悪いけれど、改めて女性の側にこられて良かったと思う。私も、真紀も。(つづく)

※クララ・エリアーデ……19世紀ロマン派の女性作曲家。男性だったという説もある。という設定の私の架空の音楽家です。『ソプラノ』にも出てきます。
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