TS妊娠

『チェンジリング』第15話(8)

2012年01月29日23:33
第15話 Cherry(8)

 浅い眠りから目を覚ました僕は、赤木先生にいくつか問診を受けた後、いよいよ帰宅ということになった。
 眠っている間に僕が厄介になった病室はすっかりと片付けられていて、あとは僕の体ひとつだ。でも、その体が重い。お腹に少しでも力が入るとするどい痛みが走る。ベッドの端に腰掛けたまま立ち上がる気力が沸いてこない。自分の足で歩いて車まで歩いていけるだろうか。ああ、もう一度布団を被ってこのまま寝てしまいたい。
「悠里、本当に無理しなくていいのよ。不安だったらもう二、三日くらい泊まっていきましょう」
 姉さんが心配そうに僕の手に手のひらを重ねた。僕よりも冷たい手のひらの感触。入院のお金のことを思い出して首を振った。
「大丈夫だよ、ちょっと手を貸して」
 姉さんの手を引っ張るようにしてゆっくりと立ち上がった。
「さあ車用意したからね」
 母さんが廊下から車椅子を転がしてきた。
「母さん、そんなの持ってこなくていいよ。返してきて」
「何言ってるんだね。これはあたしのだよ。いつも車に積んであるんだから。ほらさっさとお乗り」
 言葉とは裏腹に、母さんは車椅子を僕のそばに寄せて、僕がよろよろと腰掛けるのをじっと待ってくれた。
 奥が腰掛けると、母さんがバッグからひざ掛けを取り出してかけてくれた。
「生足じゃはずかしいだろう」
 母さんに言われて僕は今ワンピースなんか着ているのを思い出してしまった。黙っててくれれば忘れていられたのに。でも、だんだんといつものペースに戻ってきたような気がする。
「じゃあ、忘れ物はないね」
 母さんが立ち上がって僕の後ろに回ろうとした。
「待って。私が押していくからわ」
 姉さんが母さんを制して僕の後ろに回った。
「いいわよ、母さんのほうが慣れてるから」
「私が押したいの。お母さんは運転お願い」
 姉さんに押されて母さんは「そうかい、じゃあ先に待ってるよ」と言ってバッグを担いですたすたと歩いていった。
「じゃあ、いきましょうか悠里」 
 姉さんに車椅子を押してもらって病院の廊下を進んで行く。すれ違う人が僕を見ている気がして恥ずかしい。姉さんがナースセンターの看護婦さんに挨拶した。看護婦さんのお見送りに僕は首だけで挨拶した。顔を知ってる看護婦さんがロビーまでついてきてくれて、僕のためにエレベーターを呼んでくれた。姉さんとエレベーターに乗り込んだ。
「お大事に、葛城さん」
 看護婦さんがにっこりと笑顔で見送ってくれた。
 ドアが閉まった。あの看護婦さん、最後まで名前を間違っていたな。
「昔はこうやって悠里に押してもらったわよね、車椅子」
 姉さんが耳元に顔を近づけて小声で言った。
「立場が逆になっちゃったね」
 笑おうとしたけど、鼻から空気が抜けただけだった。
「ギヴ・アンド・テイクね。お返しできてうれしいわ。」
 あの時は姉さんをおもちゃの車みたいに動かすのが面白くてやってただけなんだよ。姉さんを好きにできるのがうれしかったんだ。僕は姉さんが思ってるようないい弟じゃなかったから。でも、これからは……。
 何も言えないままドアが開いた。(つづく)

『チェンジリング』第15話(7)

2011年12月23日21:30
 第15話 Cherry(7)

「か、母さん。子供を生むのは辛い? 苦しい? お腹に子供がいるのってどんな気持ちになるの?」
 姉さんとのやり取りに割り込むようにして切り出した。
「どっちもだよ。でもね、苦しいばっかりだったら香里の後にお前なんか産んでないよ」
 母さんは笑いをこらえるようにして言った。
「ま、その時が来たら助けてあげるから気にしなさんな。なにしろプロなんだからね。今はゆっくり休むといいさ」
「葛城さーん、お昼食べられそうですかあ?」
 僕と同い年くらいの看護婦さんが銀色のカートを押して病室にやってきた。まだ名前を間違っている。
 どう? と姉さんが僕に訊いた。
「多分、大丈夫。食べられたら元気でそうだし」
 食欲はまったくなかったけれど、無理してそう答えた。
「そうですか、よかった。この病院は患者さんに出すお料理にも力入れてるんですよー」
 看護婦さんはうれしそうにソファの前のテーブルにお盆を置いて配膳を始めた。
 そんなにがっつりとした食事が出ても困ると思っていたら、水っぽくて黄色いおかゆとマッシュポテト、それからプリンとりんごジュースだった。小さな器にちょっとずつ盛られている。
 なんだか離乳食みたいだな。拍子抜けしたけど、いざ目の前に並べられると、胃を内側から押し上げるような吐き気が襲ってきた。きっとお腹の空き過ぎだろう。姉さんに体を起こしてもらうと、お盆からりんごジュースを手に取った。握力が全然なくて、指の湿り気でコップを引っ掛けるようにして口まで運んだ。
 りんごジュースを一口飲み、プリンを半分食べることが出来た。それから黄色っぽいお粥を一口食べた。卵の味がした。
「がんばって。ゆっくりでいいのよ」
 姉さんが言い聞かせるように言った。なんだか本当に赤ん坊に戻った様な気分だ。三人に見守られながらゆっくりと時間をかけてかみ締めるようにして飲み下す。たしかにおかゆにしては美味しいかもしれない。
 食事をとるとなんだかか体力がついたような気持ちになって、自信がわいてきた。同時に眠くなってきた。姉さんと母さんの手を借りてベッドに戻った。ベッドには窓からレースのカーテン越しに柔らかな光が差し込んでぽかぽかする。
「少しお休み。三時過ぎになったら車を出すからね」
 母さんが指で僕の前髪を優しく撫でて言った。
「うん、僕は大丈夫だから、二人も何か食べて休んでよ……」
 余裕の出てきた僕は、そう言いながら心地よい眠りに落ちていった。(つづく)

 おまけ。
 尺の都合で削除したお母さんの話です。
 * * *
 母さんの思い出話は父さんとの結婚の話から始まった。姉さんが聞き役になって母さんがたどたどしく話すのを、僕はじっと聞いていた。
 話は僕が生まれる前のことに入った。
「香里の時は気がついたらお腹に居たって感じだったけどね、お前のときは香里が弟か妹が欲しいって言うもんだからお母さん頑張ったのよ、女も三十過ぎると難しくなるのさ、だから妊娠してるってお医者さんに言われたときは嬉しかったのよ、宝くじに当たったくらい。男の子だって言ったらお父さんちょっと嬉しそうだったわ。あんたは香里のときと反対で、できるまでが大変であとはするっといってくれたのよ、今は手がかかって仕方ないけどね。それでお父さんったら全部片がついてからようやく香里と一緒にやってきたんだよ。覚えてるかい、お寺がやってる保育園の隣の産婦人科さ。今頃やってきて何言うのかと思ったら、いきなりこの病院はダメだって言い出してね。何でよって訊いたら隣にお寺と墓場があって縁起でもないって言うの。お寺に保育園もあって便利よねって言ったら、手近で手を打つとろくなことがない、男はスケールが大きくないとダメだって言い出して、それでお前の名前は悠久の悠で悠里になったのよ。母さんそれじゃ女の子みたいじゃないのって言ったのよ、でもお父さんが悠久のキュウじゃナスビの親戚みたいじゃないかって言うの。ナスビがキュウリの親戚だったら親はなんだって言ったら、土手のかぼちゃだろって言うもんだから頭きちゃって生まれて初日でもう大喧嘩さ。でも、それで元気出てきたのよ、何があってもこの子は私が守らなきゃってね」
 母さんのトークは脱線を繰り返してまだ続いている。なんてくだらなくて、どうでもよくて、温かいんだ。
「もう、お母さんたらその話は何度も聞いたわ」
 姉さんがおかしそうに笑いながら言った。僕はこういう話からいつも除外されていた。いや、自分から避けていた。母さんたちが楽しそうに話しているのを遠くで聞いていて、家族の中で一人ぼっちのように感じていた。実際、姉さんが病気で倒れてからはいつも一人だった。いつも一人でお留守番できて偉いわね、さすが男の子ね、それが子供の頃僕が褒められた唯一のことだ。いつしか僕は家族から離れて一人で居ることが偉いことだと思っていた。それが男の子なんだと。
 母さんの話なんていままでこうしてちゃんと聞いたことなんてなかった。これまでだったらこんなこと恥ずかしくて聞けなかったし、興味もなかった。でも今は違う。

 * * *

『チェンジリング』第15話(4)

2011年10月15日20:21
 第15話 Cherry(4)

 ようやくのどの渇きが癒されて、ベッドに体を預けた。
 これでゆっくりと寝られる。
 でも、僕の安息は長くは続かなかった。
 不意に体が震えたと思うと、下腹部に突っ張るような感覚が徐々に大きく膨らんできた。手術の痛みじゃない。この感覚は……。
 体を起こして立ち上がろうとすると、お腹にズキンと痛みが走った。
「どうしたの? 悠里」
 そばに座っていた姉さんが気づいて立ち上がった。
「うん。その、トイレ……」
「まあ、大きいほう? 小さいほう? 看護婦さん呼ぶ?」
「大丈夫。一人で行く」
 ナースコールに手をかけた姉さんを制止した。看護婦さんを呼ばれるとまたベッドですることになってしまう。それはやっぱり恥ずかしい。
 姉さんに助け起こしてもらい、自力でどうにかベッドの端に腰掛けた。足元に置いてあったスリッパにつま先を入れて、ゆっくりと足を踏み出した。
 途端に地面が揺らぐような感覚が襲ってきた。糸の切れたマリオネットのように体に力が入らない。頭からサーっと血の気が引いていく感覚が分かった。頭の中と手先があわ立つようにしびれて目の前が一瞬暗くなった。
「ほらほら危ない、危ない。手をかしな悠里。香里もこっちに来て支えてやらないと無理だよ」
 椅子に腰掛けていた母さんが駆け寄ってきて僕を抱きかかえた。姉さんも慌ててやってきて僕の手を取った。
「無理しないで、悠里」
「……ごめん。ありがとう」
「悠里は何も謝ることないのよ」
 姉さんと母さんに手を引かれてようやく歩き出した。まるで宇宙から帰ってきた宇宙飛行士みたいだ。いや、そんなに格好いいものじゃない。初めて歩く赤ん坊だ。
 よたよたとトイレに向かって歩き出す。頭を高く上げると血の気が引いてお腹が痛み、前かがみになると吐き気がこみ上げてくる。ようやく部屋を出た。まだ廊下がある。一歩、一歩と歩いてようやく一番近いトイレに入った。二人に見守られて手前の個室に入った。ドアを開けっ放したままスカートのすそを持ち上げて便座に腰掛けた。便座は人肌に温かかった。いざ便座に腰掛けるとなかなか出てこなくて、息むことも出来なくて、オシッコの仕方を忘れているようだった。
「なんか出なくなっちゃったみたい……」
「いいのよ。ゆっくり落ち着いてすればいいのよ」
 顔を上げると、姉さんが優しく言った。
 便座に腰掛けてしばらくすると、下半身の緊張が解けてきて、オシッコがちょろちょろと出始めた。
「よかった。ちゃんとオシッコが出たわ」
 二人がほっとした表情でうれしそうに言った。

『チェンジリング』第15話(3)

2011年09月03日17:09
第15話 Cherry(3)

「悠里ったら、ずっと寝てたものだから寝癖ついてるわよ。綺麗にしてあげる」
「後でいいよ」
 僕は見た目を気にする余裕なんてなくて、ため息混じりに言った。
「見た目を綺麗にすると気持ちも落ち着くんだから。ね?」
 姉さんが持ってきた自分のブラシで僕の髪を梳かしてくれる。絡まった髪をブラシが解きほぐしていく。こうして優しく扱われていると、不安や痛み、のどの渇きでネガティブになりそうな僕の心が癒されるみたいだ。最後に指で伸びかけた髪を耳にかけてくれた。
「ほら、綺麗になったでしょ」
 姉さんが手鏡を僕の目の前にかざした。顔はげっそりした表情をしているけれど、髪だけはショートヘアの女の子のように綺麗に整えられている。まるで自分じゃないみたいだ。姉さんから鏡を受け取って首を傾げてみる。顔色もそんなに悪くないように見えるのは、周りがピンク色だからだろうか。姉さんの言うとおりだ。見た目がちゃんとしていると、なんだか気力が沸いてくる。
 しばらくして、病室に赤木先生が看護婦さんと一緒にやってきた。
「おはようございます。悠里さん、お体の具合どうですか」
「あ、はい。とりあえず悪くはないです」
「そうですか。これから血圧と血液の検査をして、何も異常がなければそのまま退院して自宅療養という形になります。十日くらいは安静にしてくださいね」
「あの、なにか飲み物を飲みたいんですけど……」
 我慢できなくて言った。
「そうですね、そろそろ飲んでも大丈夫かもしれませんね。お腹の具合も見なければいけませんので、少しづつ飲んでください。お昼ごはんは負担にならないメニューになっていますので、食べられそうなら食べていってくださいね」
 先生はにっこり微笑んでそういうと、長い髪を揺らして颯爽と病室を出て行った。
「では血圧計りますね」
 残った看護婦さんが僕の腕に血圧計のバンドを巻いた。点滴の針が刺さっていた場所が鈍く痛んだ。また違う場所に空の注射器を刺して血を抜かれた。もう体の水気がなくなってしまいそうだ。看護婦さんは僕の血が入った注射器を銀のトレイの上に乗せた。
 ようやく検査が終わると、看護婦さんが病室にお湯の入ったポットを持って来てくれた。ようやく何か飲める。姉さんが透明なプラスティックのきゅうすにお湯を入れて、手のひらで温度を確かめてから僕の口元に差し出した。
「熱くないか気をつけてね」
 きゅうすを口に含むと、体温より少し温かいくらいの湯冷ましが渇いた口の中に広がった。少しプラスティックの味がする。でも、美味しい。口全体を湿らせてからごくりと飲み込んだ。(続く)

『チェンジリング』第15話(2)

2011年08月21日12:36
 第15話 Cherry(2)

 翌朝、オシッコのチューブを抜き取りに看護婦さんがやって来た。
 女性より男性のほうが尿道が長くて入り口が狭い分、チューブを入れるときも抜くときも痛いらしい。ゆっくりとオチンチンからチューブが引き抜かれていく。まるで体の中を熱せられた針金で引っ掻き回されるようだ。
「う、あ、ああぁ……」
「ごめんなさい、男の人のは慣れてないんですよ」
 看護婦さんが股の間で済まなそうに言った。体の中はすっかり女性と同じになって、子宮まで移植されたと言うのに、唯一残っている男の部分に苦しめられるなんて……。5センチもない距離が恨めしく感じた。
 看護婦さんは一仕事終えると、チューブとオシッコのたまったパックをまとめて部屋から出て行った。
 僕をベッドに縛り付けていた戒めはすべてはずされ、これでようやく自由の身になった。まったく身動きできないと言うのも結構疲れる。背中や腰の辺りが突っ張るように痛い。体の節々の油が切れたみたいだ。それに口の中が乾ききっている。
 自力で起き上がろうとすると、お腹に鋭く深い痛みが走った。
「うっ! 痛たた……」
「まだ無理しちゃダメよ、悠里」
 姉さんが心配そうな顔で助け起こしてくれた。
「して欲しいことがあったらなんでも言って。私がしてあげる」
 今の僕の望みは、ただ一口水が飲みたいのと、背中をさすって欲しいということだけだ。姉さんにまた透明なきゅうすでうがいさせてもらい、母さんと二人掛かりで体を拭いてもらう。お湯で湿らせた温かいタオルが背中と腰を何度か往復するだけで、固まった皮膚と筋肉がほぐれてずいぶん楽になった。いつも病院で介護の仕事をしているだけあって、姉さんよりも母さんのほうが手馴れている。
 お腹を見ると、おへその下に四箇所、ガーゼが小さくたたまれてベージュ色のテープで止めてあるのが見えた。まるで破れたふすまだな。
 股の間にはさっき痛めつけられたオチンチンが申し訳なさそうに小さく縮こまっている。毛がない小さなオチンチンを見ていると、子供の頃に熱を出してこんな風に体を拭いてもらったのを思い出した。
 ベッドのへりに腰掛けて、母さんにショーツを穿かせてもらう。
「まったく大きな子供が出来たみたいだね」
 母さんが少しため息混じりに言った。大雑把な性格の母さんでも、いい年した息子がこんな状態になっていることを多少気に病んでいるのかもしれない。
「……ごめん」
「何謝ってるんだい。昔は香里にこうしてやったもんだよ。私がそのうち寝たきりになったら、今度はあんたたちの番だからね。そら、次はスカートだよ」
 前ボタン式のワンピースに袖を通してもらい、スカートの裾を調えるために少しベッドから立ち上がった。めまいのように頭がくらっとして、足元がふらふらした。体を起こそうとすると、お腹がつれるように痛む。糸の切れた操り人形のように、すぐにまたベッドに座り込んだ。
「これ本当に今日退院して帰れるの?」
「帰らないでこのまま病院にいるとまたお金かかるからね。これまでだってすごい大金はたいてるんだから」
「お母さん、何言い出すのよ……」
 姉さんがあわてた様子で母さんの腕をつかんで引っ張った。
「なんだい、言ってなかったのかい。ちゃんと悠里にも教えたほうがいいだろう、腹痛めてるのは自分だけじゃないって」 
 母さんはかまわず続けた。
「ごめんなさい、悠里。心配しないでいいのよ、傷が痛むようなら今日は退院しなくても」
 姉さんは笑いながら言ったけど、鈍い僕にも作り笑いだと分かった。そういえば保険が適用にならないと結構取られるって聞いたことある。大金って50万円くらいだろうか。(つづく)
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